第45話 記録
通路は、わずかに傾斜していた。
下へ。
歩くたびに、足元の金属床が温度を帯びていく。
機械の心臓に近づいている――そんな予感だけが、確かにあった。
やがて視界が広がる。
レイカは、ひとつの空洞のような部屋に辿り着いた。
静寂。
その中心にそびえていたのは、一本の巨大な垂直カプセル。
中には液体。無数のケーブル。
そして……人間のような、まだ“未完成の身体”が浮かんでいる。
「……誰?」
いや、違う。
レイカは、それを見ていた自分の顔の輪郭に気づいていた。
ガラスに刻まれた記号:R-Ka1032_V
「“予備体”……?複製……?」
周囲の壁に、無数のハッチが並ぶ。
開かれたひとつの区画には、焦げた肉塊。
破裂し、崩れかけた頭部。
そのプレートには、こう記されていた。
【R-Ka1028:拒絶反応により廃棄】
レイカは震えていなかった。
でも、目の奥が熱かった。
それは怒りとも恐怖とも違う、痛みの形をした“理解”だった。
背後の壁面に、今も作動を続ける端末が点灯している。
《観察記録:R-Ka1032》
《人格差異データ》
《任務中の感情変位率》
《観察干渉ログ:情報提供者“F-OWL_C03”》
「……全部、あたしの中身。
感情も、戦いも、あの人の死でさえ……記録の一行か」
レイカは、刃をゆっくり鞘から抜いた。
まるでこれから切り裂くのは、外敵ではなく――
“自分ごと書き換えようとしたこの空間そのもの”。
「記録なんか、もうさせない。
“私が在った”ってことは、
あんたたちの都合じゃ、残させない」
歩み寄る。
カプセルの脇にある操作端末。
赤いキーが点滅している。
【起動】
【終了】
【焼却:すべてのR-Ka記録と肉体データを廃棄】
レイカの指が、そのボタンの上で止まる。
「どうする……あたし」




