第38話 観察対象R-Ka1032
天井の蛍光灯が、微かに揺れていた。
風はない。空調も止まっている。
それでも、空間が――震えている。
ビルの上階、無人のラボ室。
埃の積もった机、白紙のままの診療記録、凍りついたコーヒーカップ。
レイカは壁にもたれて座っていた。
銃を膝に乗せたまま、ただ、耳を澄ませていた。
「……?」
最初の振動は、遠くからだった。
腹の奥にズン、と鈍い響き。
次の瞬間、どこかでガラスが砕ける音がした。
天井のランプがチリリと震える。
壁際のファイルケースが、わずかに揺れる。
「何が……起きてる」
扉の向こうから、かすかに風が吹き込んできた。
腐った煙の臭い。
何かが――燃えている。
レイカは立ち上がった。
スコープを装着したまま、窓へと近づく。
ブラインドの隙間から覗いた外――
街が、赤かった。
交差点の中央で、何かが爆発している。
火柱。煙。
ビルの一角が崩れ落ち、無数の影が動き回っている。
「戦ってる……?」
でも、誰と誰が?
それが人なのか、元・人なのかさえ分からない。
ただ、その動きに規則性がなかった。
お互いが敵なのか、あるいは、全員が“暴走”しているのか。
一瞬、視界が歪む。
モニター越しに見ていたような戦闘ではない。
音も、動きも、破壊も、全部“生”だった。
爆発の閃光が、室内の壁に影を落とした。
レイカの目がわずかに揺れる。
「……あたしは、いま、ここにいていいの?」
もうすぐ、ビルごと燃えるかもしれない。
でも、そこにはまだ踏み出せない。
室内には静けさが戻った。
けれど、その静けさは、“次が来る音”を待っているようだった。
「……なにが、始まったのよ」




