第7話フツーじゃない子どもたち
依頼人は、ひとまず親類の家に身を寄せた。
早急にクズ野郎の親、つまりこのあたりを縄張りにしているマフィアのボスであるトヴィアス・ラザフォードに直談判しなければならない。
今後、依頼人にはいっさいかまわないこと。それから、わたしにもかまわないこと。
クズ野郎はもちろんのこと、マフィアのボスに約束させなければならない。
マフィアとの約束は、あってないようなもの。しかし、こちらには手札がある。
その手札は、依頼人やわたしの命や尊厳を助け、守ってくれた。そればかりか、連中を震え上がらせ、なおかつ交渉の余地を与えてくれた。
あのとき、あのふたりの奇妙な少年たちが現れなかったかと思うとゾッとしてしまう。
そしていま、彼らはローテーブルをはさんで向かいの長椅子に腰かけている。年長の少年は砂糖とミルクのたっぷり入ったお茶をすすっていて、年少の少年はホットココアをすすっている。
ふたりのフーフーと息を吹きかけながら飲む姿に、またしても「ズキュン」ときてしまった。
ふと、石畳の上でピクリともしない傭兵たちの姿が脳裏に浮かんだ。
(この可愛らしい少年は、いったいどうやって連中を叩きのめしたのだろう)
まったく見えなかった。石畳に血だまりができていなかったところをみると、刃は使わなかったのだろう。
事務所兼家に戻って彼らを招き入れたとき、彼らが小剣のような細長い剣を持っていることに気がついた。
その見たことのない形に興味がそそられた。
同時に、うなじのあたりがゾワゾワした。
それは、危険なものを察知したり得体の知れない物に遭遇した際に感じる現象だ。
「お礼を言わせて」
苦いお茶をすすったところで、そう切り出した。
個人的には、ミルクと砂糖がたっぷり入ったお茶が好きだ。が、いまは苦いお茶が欲しかったのだ。
「助けてくれてありがとう。ほんと、助かったわ」
挨拶とお礼と詫びは、人の基本。それができないやつは、好きにはなれない。
「それで? あなたたちは何者なの? ほんと、強いわよね。まるで人ならざる者だった。それから、姉さんってどういうこと?」
子ども相手におとな気ないとは思いつつ、ついつい質問を重ねてしまった。ほんとうは、魔獣のように強かったといいたかったけど、そこはさすがに控えておいた。
「『人ならざる者』? 言いえて妙だね」
年長の少年がいい、年長の少年と顔を見合せて笑った。
その笑顔がまた可愛すぎた。
このままでは、身が持ちそうにない。
こんな可愛いい少年たちがほんとうに弟だったら、めちゃくちゃ可愛がるだろう。というか、溺愛しまくるだろう。
とはいえ、わたしは、強面で通している。そんなわたしが、いくら可愛いからといってあからさまに可愛がることはない。
そのはずだ。
「たしかに、おれたちは人ならざる者。いや、物といった方がいいね。つくられし物、かな?」
年長の少年が言った。
「どういうこと? というか、名前を教えてちょうだい。わたしは……」
「リオ・ネルソン。ある国の皇女様。とはいえ、虐げられ、利用され、追放された不運のお姫様。でっ、いまはレディ一匹、『黄昏の黒狐』と怖れられ、よろづ解決屋を営んでいる」
「ちょちょちょちょっ、どうしてそのことを? いままでだれにも話したことのないことよ。やはり、あなたたちはわたしの血の繋がらない弟なの? いいえ。弟だとすれば、あのクソ親父、というか色ボケ国王には、いくらなんでも年齢的にムリでしょう?」
言葉遣いが悪いのは、個性だ。まだ皇宮にいた頃からこの言葉遣いだった。
というか、わたしのことを蔑み、嫌悪するすべての連中を見返してやろうと、皇族のためだけに働く裏の組織に属したときからだ。
そこでは、言葉遣いだけではない。人生そのものが悪くなった。
それでなくても最低最悪だった人生が、とことん落ちてしまったのだ。
「でっ、何歳なの?」
少年のように見えて、じつはけっこう歳をとっている可能性はある。だから、尋ねてみた。
「まぁいいわ。年齢なんて関係ないから」
自分で尋ねておきながら、勝手なものである。
じつは青年だったなんていったら、おもわず囲いたくなる。だから、やめておいたのだ。
「つくられたのは十二年前かな? こいつは、十年前。だから、ちゃんとした人間でいうところの十二歳と十歳だよ」
年長の子が言った。まだ少年でよかったと安堵したものの、同時に違和感を抱いた。
「つくられた? 生まれた、の間違いよね? たしかに、広義には間違ってないけどね。子作りっていうから。それとも、人間は神の創造物って宗教的な考え方なの? もしくは、鳥さんが運んできてくれた的な意味かしら? あっ、忘れてた。自分へのご褒美にチョコチップクッキーを買ってたの。甘い物は大丈夫? とくにホットチョコレートには合うのよね。ちょっと待って」
突然、甘い物が食べたくなるときがある。そういうときのために、大好物のチョコチップクッキーを常備している。それを夜中だろうとなんだろうと貪り食うのだ。ホットチョコレートをお供に。
太る?
それは、ないない。
なぜなら、太らない体質だから。それから、運動量が半端ないから。
いただきものの執務机の抽斗からクッキーの入った袋を取り出し、ローテーブルの上に置いた。
「さあ、どうぞ」
ふたりに勧めると、ふたりは顔を見合せた。
「いただきます」
可愛らしい笑みとともにクッキーを頬張ったのは、年少の子だった。