第52話ダメダメ王子がやって来た
「おい、なんでおまえらがここにいるんだ?」
出た。出たわよ。
第二王子ヘンドリックだ。
王妃や側妃はいないものの、クララの父親であるホプキンソン大公が後ろ盾になっているヘンドリックは出席している。もちろん、クララが招待したわけではない。彼女の父親が招待したのだ。ここでより多くの資金を集めるため、言われるがままに出席したのだろう。
「兄上。母とおれは、クララに招待されたのです」
できた男であるブランドンは、ニッコリ笑って応じた。アメリアは、その隣でニコニコしている。
ふたりとも、頭と心の中でヘンドリックを罵ったり、けちょんけちょんに殴る蹴るしていたとしても、彼女たちの笑顔からはそうとはわからない。
「ふんっ! 先日のパーティーといい今夜といい、場違いもはなはだしい。品格もなにもあったもんじゃない。なぁ、そうだろう?」
ヘンドリックは、ニヤニヤ笑いながら取り巻きたちを見まわした。
わたしは、この時点で脳内で百回以上ヘンドリックの顔面を殴りつけている。
「品格がないのは元先輩、あなたじゃないですかね? おっと、遊びだけはお上手な第二王子殿下、でしたね」
サディアスがやって来た。その彼越しに、貴族令嬢たちが彼に熱い視線を投げつけているのが見える。
「あああああ? なんだ、国の恥さらしではないか。暴力しか知らんろくでなし野郎が、きいたような口を開くんじゃない」
クララとサディアスとブランドン。それから、サディアスの腹心の部下ジャックとクララの執事であるレッドは、王都にある王立学園でいっしょにすごした。その先輩にあたるのがヘンドリックで、彼はあらゆる遊びの方が忙しく、いつまで経っても卒業できなかったとか。
モート王国の王立学園は、めちゃくちゃ厳しいらしい。そして、めちゃくちゃ公平らしい。身分の上下に関係なく、優秀な者は飛び級したり評価され、怠け者は退学をも辞さないという。
というわけで、ヘンドリックはあっという間にクララたちの後輩になったとか。
「殿下、品がないおれから忠告しておきましょう。いまの王家があるのがだれのお蔭なのか、そこんところよく考えてその口を開いた方がいいですよ」
サディアスの凄みのある口調と表情に、ヘンドリックはひるんだ。が、振り上げた拳を振り下ろすことは、彼のムダに高い自尊心が許さない。これだけ大勢の人が注目しているからだ。ということは、彼は虚勢を張らざるを得ない。
「国家のクズ、いや、ゴミが、エラそうなことを言うな。貴様らなど、すべて粛清してやってもいいんだぞ」
バカは、やはりバカだ。
そうなったら、モート王国の秩序が失われることを知らないらしい。
「モート王国の王家と付き合う気にはとうていなれんな」
ヘンドリックのその虚勢を、カイルが鼻で笑い飛ばした。
それっぽい風格はさすがである。これは、生まれながらの王子というよりかは、長年組織で培われた腕によるものだろう。
「なんだ? 貴様は、たしか蛮族の王子だったな? 貴様のような蛮族との付き合いは、こちらから願い下げだ。なんなら、個人的にどちらが上か教えてやろうか?」
ヘンドリックは、知らぬとはいえ度胸がありすぎる。
カイルをキレさせたら、ヘンドリックのようなへたれはボコボコどころか切り刻まれるだろう。
っていうか、ヘンドリックはなにもかもがわかっていなさすぎる。
愚かを通り越し、哀れに思えてきた。
「国家間ではなく、王子どうしでわかりあおうと? そいつは、面白い」
「殿下、おやめください」
ダリルは、カイルの信頼する家臣らしくすぐさま制止した。が、それが本気ではないことはいうまでもない。
「後悔させてやる」
ヘンドリックは、叫ぶなりカイルに殴りかかった。
「ああ。おまえを再起不能にしてしまっておれが後悔しないよう、せいぜいがんばってくれよ」
カイルは、ヘンドリックのへなちょこパンチを笑いながら掌で受けた。それから、拳を軽く突き出した。カイルのその拳は、ヘンドリックの顔面、しかも鼻にまともにヒットした。その瞬間、「パキッ」と気持ちのいい音がした。
気の毒なヘンドリックは、宙を舞った。その見事な舞を目の当たりにした広間内の人々は悲鳴をあげる。
「鼻が折れるなんてダサすぎるぞ。さっさと立て。まだ始まってもいないんだからな」
カイルは、せせら笑っている。
ヘンドリックにたいしては「ざまぁ」と思い、カイルにたいしては「なにをやってんだか」と呆れてしまった。
男性って、ほんとうに子どもだから、とも。
周囲の騒がしさをよそに、このパーティーのホストであるクララと彼女の父親が飛んでこない。フツーなら、何の騒ぎかと飛んでくるはずなのに……。
そこでハッとした。ハッとして、アメリアとブランドンの方を見た。
ふたりがいたはずの場所には、だれもいない。
ふたりともいないのだ。
「しまった」
ヘンドリックやカイルに気を取られ、ふたりがいなくなったことに気がつかなかった。
視線を庭へと続くガラス扉へと向ける。
もしかしたら、ふたりともうんざりして庭に出たのかもしれない。そうだ。それに違いない。広間の扉から出るには、ぜったいに視界に入ったはず。それがなかったからには、ガラス扉から庭に出たとしか考えようがない。
頭でそう思いついたときには、すでに走りだしていた。そして、庭に飛び出していた。