第44話クララのご招待
そんなこんなで時間だけがいたずらにすぎていく。
最近、焦り始めている。
わたしが、である。
このままずっとカイルたちといっしょにすごすのだろうか。
そのことについて、だ。
クララに尋ねてみた。
『カイルは、いつまでこのモート王国で見聞を広めたり慈善活動をするのだろうか?』
そんなふうに。
『彼は、王子といっても自由の身だから。これまでも、これからも。だから、好きなだけいてもらったらいいんじゃないかしら?』
クララは、そう言って笑った。
カイルは、たしかに自由の身だ。自由の身すぎてとんでもないことになっている。それが問題であることを、クララに説明すべきかどうか……。
その場合、わたしのことも話さねばならないだろう。クララは、それでなくてもカイルのことを信じきっているし、推しすぎている。わたしのことを話さないまま、「カイルは、じつはアメリアとブランドンを暗殺するために雇われたキングスリー国の組織の長なのです」と説明したところで、彼女は信じてくれないだろう。というか、鼻で笑われるだけだ。
クララは、そういう世界は創作だけだと思い込んでいる節があるのだから。
いっそクララに真実を告げ、わたしはこの依頼をおりた方がいいのかもしれない。そして、このモート王国から出て行くのだ。この世界は、たしかに狭いかもしれない。しかし、わたし的には広くておおきい。国はいっぱいあるし、大陸だってたくさんある。リオンとルーを連れ、そんな国々をまわっていいところを探してもいいだろう。
稼ぐのはどうとでも稼げるはず。カビのはえたパンや塩っ辛いだけの具ナシのスープだってかまわない。ホットチョコレートやチョコチップクッキーとおさらばしたっていい。
無念きわまりないけれど。
とにかく、すべてをクララに話した方が、だれにとっても、違った。カイル以外にとってはいいだろう。
などと考えているうちにも時間はすぎていく。
その日、クララがやって来た。
慈善活動の帰りに寄ったということで、カイルといっしょに。
「おば様」
彼女は、すぐに帰るらしい。だから、エントランスで用事をすませるようだ。
「おば様、ブランドン。わたしの誕生日パーティーにいらしてくださいませんか?」
「まぁっ! あなた、またひとつ年齢を重ねるの?」
アメリアは、わざとおおげさに言った。
「いやだわ。よその子の成長ははやいっていうけれど……。わたしも年をとるはずよね」
「おば様、いやですわ。おば様は、いつまでも若々しくいらっしゃいます。まるでときがとまっているかのように」
「クララ。そんなにおだてても、なにもでないわよ」
「本心です。それで、いらしてくださいませんか? ブランドン、あなたもよ」
「プレゼント、奮発しなくてはね」
「ブランドン、気を遣わないで」
ブランドンは、クララをやさしく抱きしめた。
そういうことが自然にできるのだ。さすがは相思相愛って感じである。
「ただ、わたしは断ったんですけど、父が政治的なつながりの人たちも招待してしまって……。ですが、王宮でのようなことはないはずです。あくまでも誕生日パーティーです。食べたり飲んだり踊ったりと、楽しくすごす場にしたいのです」
クララのいう「父の政治的なつながりの人」というのは、同じ派閥の連中や第二王子であるヘンドリックのことに違いない。
さすがに大公女の誕生日パーティーともなると、本人の意思や希望だけで人選はできないのだ。
(ほんと、ご貴族様って大変よね)
心底そう思った。
「それだと、またライオネルの機嫌を損ねてしまうわね。ここ数年、ずっとそうだもの」
「母上の言う通りだ。おれたちは目立たずひっそりと隅にいるのに、ただそこにいるだけでちょっかいをだしてくる連中がいるからね。クララ。きみだってうんざりだろう?」
「おば様、ブランドン。わたしの誕生日を心から祝ってくれる人が、いったいどれだけいると思いますか? 父でさえ、政治的に利用するだけで『おめでとう』のひと言だって言ってくれたことがありません。たったのひと言もですよ」
「クララ……。母上、いいでしょう?」
ブランドンは、クララをもう一度抱きしめた。抱きしめつつ、アメリアにねだった。
そこには、彼の彼女への愛がひしひしと感じられる。
胸のあたりがチクチクと痛むのは、彼の彼女への思いやりと愛情に感動しているからに違いない。
「ええ。よろこんで招待に応じましょう」
アメリアも息子とクララのことは認めているようだ。ふたりを見る彼女の目は、ほんとうに慈愛に満ちているから。
「よかった。おば様、カイルも来てくれるんですよ。リオ。あなたたちも来てくれるわよね?」
ほんとうは遠慮したい。しかも、全力でだ。窮屈で不愉快きわまりなかった王宮でのパーティーのことを思えば、行く気になんてなれない。
しかし、わたしはアメリアとブランドンを守るためにここにいる。護衛対象者が行くところには、当然ついて行かねばならない。
「もちろんです、クララ様」
そう答えるしかないではないか?
リオンとルーを見た。
ふたりは、華奢な両肩を同時にすくめた。