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第43話カイルの腹心の部下、その名はダリル

「さて、干しますか」


 先夜、アメリアに怒られた。今日は、失敗は許されない。


 イライラは厳禁。シーツを干すことだけに集中するのだ。


「なんなの、これ?」


 一枚目を取っていざ干そうとしたとき、自分のドジっぷりに自分で呆れ返ってしまった。


 枝から枝へと渡しているロープにまったく背が届かないのだ。


 よく考えれば、当たり前のこと。低木ではない木ばかりの一番下の枝でも、小柄な、というよりかぶっちゃけちんちくりんのわたしでは、どれだけ背伸びしても届くわけはない。


「だったら、また木に登ってロープにかけるしかないわね」


 とはいえ、そうするとシーツをきれいに伸ばすことができない。


 ロープにシーツを引っ掛けて伸ばし、最後にパンパンとひっぱりまくる。


 それが理想的なシーツの干し方だ。


 もちろんそれは、日頃やっているわけではない。なぜなら、いつもは狭苦しい事務所兼自宅の中古の長椅子の上で眠っている。というわけで、シーツを使う必要はない。さらにいうと、そういうわけでシーツを購入さえしていない。


 そんなわたしのだらしない生活はともかく、その干し方は現役の頃に侍女として潜入した皇宮で習ったことだ。


 そしていま、自分自身のドジっぷりが発揮されてしまった。そのため、理想的な干し方以前に干すことじたいが難しい。


「あいかわらず、ドジな王女様だな」


 背に、笑いを含んだやわらかい声があたった。


 振り向くと、カイルの片腕が石壁にもたれてこちらを見ている。


 まったく気がつかなかった。


 所属期間中の平均寿命が二年から三年といわれる組織にあって、すくなくともわたしが所属していたずっと前からそこにいるベテラン中のベテラン。とはいえ、年寄りというわけではない。わたしより年齢が低かった頃から訓練を受け始めたので、所属している期間がそれだけ長いというわけ。カイルよりすこし年長くらいなはずだ。


 名は、ダリル・ラングリッジ。他の連中同様中肉中背で茶髪に茶色の瞳だけれど、顎に刃傷があるのが唯一の特徴だ。


 ちなみに、組織に属しているときは、わたしも茶色に髪を染めていた。黒色は、だれからも忌避されるからだ。というか、ほとんどいないので目立ってしまう。瞳の色はごまかしようがないが、髪は染めていたわけ。目の覚めるような金色や赤色や希少な色の髪の者は、みなだいたい茶色に染めていた。というわけで、だれもがほんとうの茶髪ではない可能性はある。それをいうなら、名前だって偽名だ。ほんとうの名前ではない。わたしもそうだ。現役の頃も違っていたし、いまも違っている。


 そもそも、ほんとうの名は捨てているし。


 というよりか、リオンとルーによると、わたしも番号がほんとうの名らしい。はやい話が、いくつもの名があるわけだ。


「その王女様っていうのはやめてくれないかしら? っていうか、ドジも余計だわ」


 ダリルは、昔からわたしのことを「王女様」と呼ぶ。当時は、それがイヤでイヤでたまらなかった。


「元王女様って呼んだ方がいいかな、元王女様?」


 ダリルは、声だけはやさしい。


「だから、それをやめてって言っているの。そもそも、絡むのはやめて欲しいわ。カイルに置いていかれたんなら、この屋敷の修繕をがんばってちょうだい」

「がんばっていたさ。だが、きみが大変そうだから、手を貸してやろうと思ってね。わざわざ来てやったんだ」

「カイル同様、あなたもあいかわらずイヤな奴なのね。でも、そうね。このままだとシーツがシワだらけになってしまうから、手伝わせてあげるわ」

「きみだって、あいかわらず態度がデカいな」

「ええ、そうね。なにせ元王女様だから」

「よく言うよ。そんなときだけ元王女様気取りか? まぁ、いいだろう。ほら」


 彼は背を石壁からはがすと、わたしの前までやって来て両膝を折った。


「なに? わたしの前で跪くって、忠誠でも誓ってくれるわけ?」

「ぼけっぷりもあいかわらずだな。これのどこが跪いているんだ? 肩車をしてやろうっていうんだ」

「ああ、なるほど」


 ダリルなら土台としては完璧だ。わたしがちんちくりんということをのぞいても、力も耐久力もある。


「じゃあ、お願いね」


 せっかくだから、利用させてもらうことにした。つまり、さっさと彼に肩車してもらった。


 いくらなんでも、肩車をしている最中にブスリと刺されたり突かれたりすることはないはず。


(刺されたり突かれたりですって?)


 ちょっとおとなな想像をしてしまった。


「はやくシーツを受け取れよ。なにを真っ赤な顔をしているんだ?」


 ダリルに言われてハッとした。


 彼は洗濯カゴからシーツを取り、わたしに手渡そうとしていたのだ。


「な、なんでもないわよ。じゃあ、頼むわね」


 あまりの恥ずかしさに、つい怒り口調になってしまった。


 ありがたいことに、ダリルは他人の心を読んだり、慮ったりすることが得意ではない。このときもわたしの内心の焦りに気がつくことがなかった。


 しかして、彼のおかげですべてのシーツを無事に干し終えた。


「一応、お礼は言っておくわね。あなたのことは気に入らないけど」

「おいおい、せっかく手伝ってやったというのに、それはないだろう?」

「っていうか、終わったんだし、おろしてくれないかしら?」


 そう。いまだに肩車をされたままなのである。


「いいじゃないか。なんなら、このまま他の家事もやるか?」

「バカなことをいわないでちょうだい。それよりも、はやくおろして」


 彼の手が両腿に置かれている。無理矢理逃れることはできなくないが、その場合、ケガをしてしまう可能性がある。


 足を挫きでもしたら、今後の護衛に支障がでるだろう。


「それとも、カイルを殺るか?」


 それは、低くてちいさな声だったので聞き逃すところだった。


「どんな睦言よりもそそられる誘いね。大嫌いなあいつを殺れるのだったら、とっくの昔に殺っていたわよ。組織を去る前にね」


 ダリルは、いったいどういうつもりなんだろう?


 昔、まだ組織にいた頃、ちんちくりんなところやスキルのことで揶揄われることはたまにあった。が、当然のことながら仲良くおしゃべりするなんてことはなかった。


 そんな関係だったダリルが、よりにもよって『カイルを殺る』だなんて。そんなこと、冗談にも言えない。


「おい、なにをやっている?」


 その突然の鋭く冷たい声に、ダリルの体が硬直した。人間の体って、こんなに硬直するんだと驚くほどに。


 いや。わたしも硬直しているかもしれない。


 声の主は、わたしたちのすぐうしろに立っている。


 あいかわらず気配などあらゆるものを消して。


 訂正。負の感情は放出させている。


 両腿からダリルの手がはなれたので、彼の頭に手を置き、うしろへとんぼ返りして飛びおりた。


「彼に手伝ってもらっていたの。ほら、きれいに干せたでしょう? それよりも、はやかったわね」


 動揺で声が震えている。焦りで自分が何を言っているのかわからない。


「今日の慈善活動は、近くだったんでな」


 カイルは、わたしを見てはいなかった。


 ダリルを睨みつけていた。


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