第41話おまえ、気がついていないのか?
「はぁぁぁぁ……」
溜息しか出そうにない。
気を取り直して厨房に向おうと体を反転させた瞬間、すぐ目の前にカイルが立っていた。
「キャッ!」
おもわず、レディみたいな叫び声をあげていた。
まっ、レディなんだけど。
「ふうん……。やはり、あいつとデキてるんだな?」
「ちょっと、背後に立たないでよ。というか、気配を消して近づかないで」
「話をそらすな。あいつとは、いつからだ?」
「あいつってだれのことよ?」
「あいつだよ、あいつ」
カイルは、顎でだれもいない空間を示した。
「あのねぇ、あなたのせいなのよ」
「なにがだ?」
「なにがって、あなたがここにいるせいで、わたしもここにいるの。だから、あなたがおとなしくここから、というか、このモート王国から去ってくれたら、わたしもいままで通り小悪党や素人相手に仕事ができるの」
「おまえ、気がついていないんだな? あいかわらず、鈍くて天然な奴ってわけだ」
「はぁぁぁぁ? なにをわけのわからないことを言っているのよ。あなたこそ、あいかわらずじゃない。とにかく、そこをどいてちょうだい」
いつの間にか、カイルの部下たちも集まってきている。
とはいえ、この屋敷でいっしょにいるのは、五人だけど。さすがのカイルも、それ以上は不自然だし、厚かましいと思ったのだろう。
「ちょっと、なによ? 朝っぱらからケンカを売るつもり? というか、わたしを殺そうとでもいうの? それだったら、受けて立つわよ」
いまのは、ただの虚勢だ。
カイルに勝てるわけはないし、手練れ五人を同時に相手に勝てるわけもない。
「笑わせるな。これのどこがケンカを売っているんだ。おれは、キングスリー国の王子で有名な慈善活動家だぞ。そんな野蛮なことするものか。部下、いや、家臣たちも同様だ。見ろ。紳士ぞろいだろう?」
あらためてカイルの部下たちを見てみた。
たしかに、こざっぱりしたシャツにズボン姿という外見は、執事とか貴族子息に見えないことはない。実際、彼らもまたそういったものに化けて潜入するので、所作もマナーもちゃんとしている。が、マフィアのボスであるサディアスやわたしからすれば、彼らからつねに殺気と害意を感じる。
ぜったいにフツーの紳士には思えないし、感じられない。
「面白い冗談ね」
声に出して笑ってしまった。
その瞬間、五人の負の感情がまともにわが身にぶつかった。
(あっ、ヤバかったかしら?)
彼らをあおったことを後悔しても遅すぎる。
「姉さん、どうしたの? アメリア様が、大忙し状態だよ。『リオを起こして来て』って言われたから、姉さんの部屋に行くところだったんだけど……」
廊下の奥からリオンとルーがやって来た。
彼らは、カイルとその五人の部下が目に入らないかのように、わたしの前までやって来た。
それから、わたしを見上げてニッコリ笑った。
そのふたりの笑顔は、瞬時にして心を癒してくれた。
「もしかして、トラブル? ああ、彼に『朝食はまだかい?』とでも聞かれたの?」
リオンの声が低くなった。
そのリオンの黒い瞳は、カイルに向けられている。リオンだけではない。ルーのそれもまたカイルに向けられている。
あきらかに、カイルたちを牽制しているのだ。
「そうよ。彼ら、お腹を空かせているみたい。すぐに行くわ。アメリア様の手伝いをしなくっちゃね」
リオンとルーに目配せし、廊下を奥へと歩き始めた。
カイルとその五人の部下たちの視線を感じつつ。