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第4話ちょっとした依頼のはずが……

 その運命の夜、って、イケメンの王子様やご貴族様との出会い、などというロマンティックな夜ではない。わたし的に「運命をかえた夜」、という意味だ。


 そのときの依頼は、食堂兼バーでウェイトレスとして働く娘の護衛だった。具体的には、娘に惚れこんだ勘違いしているストーカー野郎から護衛するのだ。


 が、勘違い野郎の親が問題だった。彼の父親は、王都の東地区を牛耳るボスなのだ。親というものは、どんなクズでバカでも子どもとなれば可愛いもの。それは、身分の上下に関係はない。その勘違い野郎は、権力と金貨にモノをいわせてやりたい放題やっている典型的なクズ野郎だ。


 依頼人の娘は、そいつに凌辱されている。それでも娘は、立派だった。どんな暴力や脅しにも屈することはなかった。が、自分の周囲の者まで危険にさらされるようになった。そこで、わたしに依頼がきたわけだ。


 娘は、他のゴロツキにも依頼したらしい。が、ほとんどに断られた。依頼を受けた連中がいたらしいが、それもあっけなく返り討ちにされたらしい。そこで、噂を聞いてわたしのところにやって来たのだ。


 もちろん、ソッコーで受けた。断わる理由がないからだ。費用も免除だ。彼女がご貴族様ではないからだ。


 その夜、バーの営業が終った後、彼女を自宅まで送った。


 すると、さっさく現れた。


 もちろん、勘違いのクズ野郎が、だ。ご丁寧にその道のプロ、つまり暴力専門のいかつい野郎どもを従えている。


「へー」


 勘違いのクズ野郎は、こんなことを言っては何だがそのものズバリの外見だ。なにも見た目が悪い、というわけではない。むしろそれなりのこざっぱりした青年だ。が、醸し出すオーラが悪すぎる。まさしく親に庇護され甘やかされたバカ特有のオーラをまとっている。


 わたしが相手をする、って、仕事上で痛めつける連中と同じような雰囲気なのだ。


「『黄昏の黒狐』というから、どんな優男かと思ったら……。まさかこんなちんちくりんのガキだとはな」


 バカは、やはりバカだった。レディというものをわかっていないのだ。


 広い世界のどこかにちんちくりんのガキを好み男性がいるかもしれない。


 ちんちくりんなのは、ときに役に立つことがあるのだ。


 もっとも、めったにないけれど。


「髪と瞳が黒って、ほんとうだったんだな」


 黙っていると、勘違いのクズ野郎はうれしそうに周囲の強面連中に言った。


 黒色の髪と瞳を持つ者はめずらしい。すくなくともこのモート王国で出会ったことはない。


「バカなのか? なぜ黙っている?」


 まだ黙っていると、バカにバカなのかと聞かれた。


「言葉が通じないのか? それとも、喋ることができないのか?」


 それでも黙っていた。


 レディは、ときには紳士を焦らすことが必要だからだ。


 もっとも、クズ野郎やバカ野郎の場合、焦らすのではなくキレさせる、つまり挑発だけど。


「やさしくしていれば調子にのりやがって。もういい。おまえら、やってしまえ」


 クズ野郎のバカにやさしくなんてしてもらっていないし、わたし自身は調子にのっているわけではない。

 

 だけど、やっとその気になってくれた。挑発した甲斐が、もとい焦らした甲斐があった。


「うしろにさがっていて」


 依頼人の娘に声をかけると、彼女は素直に道端の木箱へとさがった。


 ここは、石畳の狭い通り道。この時間帯は、家のない連中や酔客たちはそれぞれのねぐらに帰っている。


 いま、ここにいるのはわたしたちだけ。


 というわけで、思う存分暴れられる。


 が、想定外だったことに気がつくのに、さして時間がかからなかった。


 勘違いのクズ野郎が雇った強面連中は、どいつもプロ中のプロだったのだ。


 彼らは、最初から剣、あるいは戦闘用ナイフで襲ってきた。そして、それぞれの技量は半端なかった。


(マジ? 現役の傭兵じゃない。チートだわ)


 当然、クズ野郎とその父親のボスは金持ちだ。そもそも、彼らのようなマフィアに正義も悪はないし、正々堂々とかチートという概念など持ち合わせてはいない。


 現役の傭兵を雇おうと兵士や騎士を雇おうとかまわない。


(これはヤバいかも)


 この商売をはじめて、いや、まだ祖国の王宮にいた頃もあわせ、これほどヤバいと思ったことはそうそうなかった。


 というか、はじめてのことだ。


 彼らは、通常は個々人で戦う。が、歴戦の兵士ともなると、個々人だけでなく集団で戦うこともできる。この連中は、同じ傭兵ギルドに属し、同じ戦場をまわっているのに違いない。


 とにかく、連携がすごい。


(マジでヤバいかも)


 愛用の戦闘用ナイフをひさしぶりに抜いたばかりか、それを振りまくらねばならない。


 というか、振りまわさせられた。


 なんといっても、男性よりレディの方が体力が劣る。彼らは、わたしの体力が尽きるのを待てばいい。戦闘力も半分か、下手をすれば三分の一くらいですむはず。


 それほどまでに、わたしたちの間には差があるのだ。


(せめて依頼人だけでも逃さないと)


 依頼人からは依頼料を取らないことは伝えている。


 彼女が平民だからだ。


 それだけでなく、彼女には逃げるための費用、つまり逃走資金を渡している。


 わたしにもしものことがあったとき、このモート王国から逃れてしばらくの間なら暮らせるだけの金額だ。


 もっとも、彼女は逃げないだろう。その費用は、家族を守るために使うだろう。


 それでもよかった。その費用は、自己満足にすぎないのだから。保険代わり、と思っていれば、わたし自身が安心だから。


 さらには、わたし自身、その費用を使うようなことにはならないと思っていた。


 つい先程までは……。


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