第39話ブランドンまでやって来た
「あなたとわたしが同じですって? わたしは、あなたみたいな殺人鬼じゃないわ。クレイジーでもない。だれかを殺したり傷つけることが趣味ではない。それから、快感を得るためにやってるんでもない」
「はんっ! 笑わせるな。おまえも大勢殺ったし、傷つけた。結局、おれと同じことだ。そもそも、おまえはおれを知らなさすぎる」
カイルは、立ち上がった。そう認識したときには、彼の分厚くて傷だらけの手で両肩をつかまれていた。
「やめてっ! その手を離してっ!」
彼の手から逃れようと、身をよじりまくった。
が、彼はビクともしない。
「なぜ組織を抜けた? なぜおれから逃げた?」
彼は、声を押し殺して尋ねてきた。そのゾッとする声と冷え切った美貌が、迫ってくる。
「はぁ? あれは、いわゆる円満退職ってやつでしょう? あのときの事情を知ったところでどうするわけ? まさか書物のざまぁみろ的なストーリーみたいに、『おまえがいなくては組織が成り立たない。だから戻ってきてくれ』っていうんじゃないでしょう? 優秀な人材は、豊富にいるみたいだし。いまさらわたしみたいな無能者を再雇用する必要なんてないわよね?」
「ったく、あいかわらず口の減らんやつだな。おれが言いたいのは、そんなことじゃない」
「じゃあ、どういうことなの?」
カイルを睨みつけた。彼は、めずらしく口ごもっている。
「リオ、リオ。大丈夫かい?」
そのとき、部屋の扉が何度も叩かれた。
ブランドンだ。カイルにたいしておおきな声をだしたつもりはなかったが、どうやらおおきな声になっていたらしい。
「なんでもない。大丈夫だと言え」
カイルは、さらに顔を近づけてきて命令してきた。
それこそ、舌を伸ばせば彼の鼻の頭を舐められそうなほど彼の顔が迫っている。
迷った。
が、彼の命令を聞くのは癪すぎる。
だから、言ってやった。
「ブランドン様、どうぞ入ってください」
ことさらおおきな声で応じたのだ。
「リオ」
扉が開きブランドンの姿がそこに現れたときには、カイルはわたしから離れていた。
『どういうつもりだ?』
カイルの唇が、その言葉をかたどった。
『弟たちにコテンパンにされるよりいいと思うけど?』
声には出さずに口の形だけで応じつつ、わずかに顎を窓の方へとしゃくってみせた。
(お願い。この前みたいに窓の外にいてよね)
リオンとルーに心の中でそう願いつつ。
彼らは、先夜のブランドンのときには窓の向こうの木の枝上から室内を見ていたのだ。
残念ながら、わたしには彼らの気配は感じられない。彼らは、完全に気配を消しているから。が、わたしよりいろんな意味で凄腕のカイルなら、もしかすると感じるかもしれない。
そこまで考えてのことだ。というか、期待してのことだ。
「チッ」
カイルが舌打ちしたような気がした。
「やあ、ブランドン。彼女と旧交を温めていてね。昔のドジっぷりを揶揄ったら、急に怒りだしただけさ。ほら、人間ってほんとうのことを言われると怒りだすだろう? リオ。ここでは、あんなトラブルやこんなミスはするなよ。おれは、明日もクララと慈善活動だ。もう寝るよ」
カイルは、この時間にはふさわしくないほどさわやかに告げた。わたしにウインクをし、それからブランドンの肩を叩く。それから、扉へと向かった。
「リオ、ほんとうに大丈夫かい?」
「え、ええ。おおきな声をだしてしまってごめんなさい」
ブランドンに笑顔をみせつつ、瞳はカイルの背に釘づけた。
その彼の背中に瞳がついているのかと思えるほど、彼の不気味な視線を感じていた。