第37話ある意味、非日常感
アメリアとブランドンには、できるだけひとりっきりにならないでほしいと頼みたい。が、まさか一日中ふたりはいっしょにいないし、わたしがくっついているわけにもいかない。そんなことをすれば、物理的ではなく精神的に不安や疑いを生じさせてしまう。いっしょに同居しているカイルたちが、自分たちを殺そうとしている最強の暗殺者集団だなんてアメリアとブランドンが知ったら、卒倒してしまうかもしれない。もしもわたしがアメリアなら、すぐにでも屋敷から逃げだしてしまうだろう。
それでなくても、カフェでサディアスが不穏きわまりないことを言ったのだ。そのことで、ふたりは心穏やかではないかもしれない。
いつもビクビクしているとか、疑いまくっているほどではない。しかし、モヤモヤはしているだろう。
というか、じつはわたしの方がビクビクどきどきしているし、すっかり疑心暗鬼に陥っているんだけど。
目を光らせ、耳をそばだて、神経をはりつめ、精神を統一する。
正直なところ、カイルが来てからまともに睡眠が取れていない。寝不足だし、心も体もクタクタになっている。
まともなのは食欲だけ。
食事は、アメリアが中心になってわたしたちでつくる。というわけで、カイルたちが毒薬や眠り薬や痺れ薬を飲食物に仕込むことは難しいはずだ。運ぶのさえ、わたしたちでやっている。だから、何の心配もなく食べられる。
とはいえ、最近のわたしは、食いしん坊すぎて食事中は食べ物にしか気が向かない。会話を愉しみながら食事をするのが苦痛なほどだ。結果、食事中はもっとも無防備。トイレや眠るときより無防備かもしれない。
そんなところを狙われれば、完全に詰んでしまうかも。
とにかく、いまのところ何も起こってはいない。
いまのところは、だけど。
一方、リオンとルーは、交代で外出する。
屋敷にいる方は、図書館から借りてきた本を読んだり、アメリアとわたしの手伝いをしたり、ブランドンといっしょにすごしたりしている。
夜は、あいかわらず外ですごしている。
眠っているのかどうかはわからない。ちゃんと眠るよう、何度も言っている。が、彼らはあまり眠っていないのに違いない。
とはいえ、わたし自身、昼も夜も彼らに頼ってしまっている。たとえ何か起ころうとも、彼らがどうにかしてくれる、と根拠もないのに確信している。
リオンは、カフェでハッキリ断言した。というよりか、約束っぽいことを言ってくれた。
『姉さん。ルーとおれは、ぜったいに負けない。だから、安心してよ』
そのように。
彼らなら、断言したことは違えない。
約束する、と言ったわけではない。しかし、あの言葉に間違いはない。
ぜったいに、といってもいい。
彼らと出会ったのは、さほど昔ではない。むしろ最近、といってもいい。それなのに、アメリアとブランドンを、すべての脅威から守り抜く。しかも、ぜったいに守る抜いてくれる。そう確信している。
もしもこれが信頼というのだとしたら、出会ったばかりなのにどうしてそこまで信頼できるのか? って、考えてしまう。
「やはり、わたしってバカね」
自室内でひとりになるたび、同じことを考えている。さまざまな考えは、永遠にグルグルまわっていてカオスになってしまう。
「信頼しているのに考える必要なんてない。そうよ。もう考えないでおこう」
そんなふうに結論をくだすのに、翌日にはまた同じことを考える始末。
この夜もそうだった。いつものように自室内をウロウロしながら考えていた。
夕食後、居間でお茶とクッキーを愉しんだ。カイルも含めて、である。彼が来る前からのルーティンは、彼が来てからもかわりはない。
カフェで話して以降、カイルはわたしに接触することはない。みんなでさまざまな話をしていて、話をふってくることはない。むしろわたしがいないかのように振る舞っている。
それがまた不気味なのだ。というよりか、何かたくらんでいるのではないかと疑ってしまう。
それはともかく、居間でのひとときが終ると、それぞれの部屋に引き取る。
アメリアとカイルがそれぞれの部屋に入るのを見届けるのが、わたしのルーティンのひとつ。彼女たちが部屋に消えると、リオンとルーもいなくなっている。
嘆息してから自室に入る。これもまたルーティンだ。
この夜も同じだったのだ。
そう。寝台に飛び込むまでは。