第35話わたしって、いじられキャラ?
カイルは、いったん宿屋に戻ってカフェに戻って来るという。
供の者を数名連れてということらしいけれど、それが組織の連中であることはいうまでもない。
カイルは、わたしに気がついていた。
あのパーティーで気がついていたのだ。
いくら変装していて、現役の頃と雰囲気も違っているといっても、あいつの目はごまかせないというわけだ。
「どうしてあんなことを言ったのよ」
クララたちとは咳が離れていることをいいことに、リオンに小声で文句を言った。
「この前、あいつのことは話したわよね?」
「この前? ああ、姉さんが彼を押し倒した、あのあとのことだよね?」
リオンは、ニッコリ笑いながら形のいい顎でブランドンを示した。
「だから、違うって言ったでしょう」
興奮で声がおおきくなり、ごまかすために咳ばらいをした。
「姉さん。ルーとおれは、ぜったいに負けない。だから、安心してよ」
リオンは、真剣な表情で言った。
その大胆不敵な宣言は、ストンと頭と心に入って来た。
(リオンがそう言うのなら間違いないわね)
リオンの根拠のない自信。いや。わたしにとっては不確かな彼の確信。それでも、信じていいと思えるほど、彼らのことを信頼している。
「連中を側に置いた方が第三者の被害を防げるしね。なにより、他の暗殺者たちの抑止力になる」
第三者の被害……。
パーティーの送迎の馭者は、もう少しで被害者となるところだった。同居を断れば、クララだって危なくなるかもしれない。さらには、今後も出てくるかもしれない。
「抑止力ですって? 他にもまだ暗殺者はいるわけ?」
そこも問題だ。
カイルたちだけでなく、まだ他にもいるだなんて……。
アメリアとブランドンによほど死んでもらいたい、というわけなのね。
「やあ、クララ」
そのとき、クララたちにだれかが近づいてきた。
その声に聞き覚えがある。
「おっと、リオもいたのか?」
「わたしがいて悪かったわね、サディアス」
すぐ横を通りかかったサディアスを見上げ、頬をふくらませた。
マフィアのボスであるサディアス・ラザフォードと腹心のジャック・マクレガンがやって来たのだ。
「いていいとも。ちゃんと仕事をしているってことだからな」
このカフェは、東地区を牛耳るサディアスもおなじみにしているらしい。
「夫人、ご機嫌麗しく。あいかわらず気高くて美しい」
サディアスは、木の床に片膝をつくとアメリアの右手の甲に口づけをした。
「あなたもあいかわらずね、サディアス。いつも助けていただいて感謝しているわ」
「クララにくらべればたいしたことはしていませんよ」
サディアスの野性的な美貌には、やわらかい笑みが浮かんでいる。
「サディアス」
「ブランドン」
ふたりは、ハグをしあった。
なんだか親友どうしって感じでほのぼのとしてしまう。
「サディ、わたしには?」
「おっと、クララ。きみが一番だったな」
サディアスはブランドンから離れると、立ち上がって腕を広げるクララをギュギューッと抱きしめた。
サディアスに熱き抱擁をされているクララは、めちゃくちゃリラックスしている感じだ。
(なんてこと。サディアスもクララを愛しているの? ってか、クララもまんざらじゃないって感じだわ)
衝撃を受けた。
これって、三角関係ってやつ?
混乱してしまった。
「ついでにリオもハグしようか?」
サディアスは非常識なほどの時間クララとハグした後、あろうことか腕を広げたままわたしの横に立った。
「結構よ。間に合っているわ」
座ったまま彼を見上げ、不貞腐れた。
「ついで扱いなんてごめんだわ」、とでもいうように。
「遠慮するなよ。おれとおまえの仲じゃないか」
「ちょっ……。へんなこと、言わないでちょうだい」
「おい、サディアス。彼女をいじるのはよせ」
「そうだな。おっかない弟たちにボコボコにされたくないからな」
ジャックに諫められ、サディアスは苦笑した。
(わたしは、いじられキャラじゃないわよ)
ますます不貞腐れてしまった。