第34話この世界は狭い
会話の内容は、ふつうだ。アメリアとブランドンとクララ。それから、カイル。四人ともにこやかに話をしている。ふつうの知人友人どうし、お喋りに興じているという感じだ。
脅すとかビビらせるとかはいっさいない。さらには、探り合うとか張り合うとかもない。
むしろ話が弾んでいる。かえって笑い声がうざいくらいだ。
が、途中から雲行きがかわった。
「殿下は、おしのびで来ているんです」
クララが言った。
「クララ。カイルと呼んで欲しいって、いつもお願いしているよね? きみは、おれの国の民ではない。臣下でもない。友人であり仲間だ。つまり、対等の関係さ。違うかい? ブランドンのことだって『殿下』呼ばわりしないじゃないか。だから、おれのこともカイルと呼んでくれ。もちろん、敬語は不要だ」
カイルの甘く、それでいて切ない声が背中にあたった。
(あいつ、あいかわらずね。クララ、だまされちゃダメよ)
心の中でクララに忠告した。
カイルは、レディキラーだ。違った。人間キラーだ。老若男女、彼の話術にかかったらイチコロなのだ。
「カイル、わかったわ」
クララは、あっさり了承した。
「先日のパーティーは、わたしが父に頼んで招待客のリストにのせてもらったのです。先程もお伝えしたように、彼もブランドン同様王族では不遇の扱いを受けています。ですが、彼はそれを不運だとか運命だとか考えず、やりたいことができてしあわせだと考えています。それで、実際慈善活動や諸外国訪問と、やりたいことをやっています。今回は、このモート王国でしばらく滞在し、慈善活動だけでなく見聞を広めたいそうなのです」
クララは、いったん言葉を止めた。
ずいぶんとカイルにいれこんでいるようだ。というか、すっかりだまされている。
イヤな予感は、マックスに達しつつある。
落ち着かず、カップに手を伸ばしてひと口すすった。
「おば様、ブランドン。そこでお願いがあるんです。しばらくの間、カイルも一緒にすごしてもらっていいでしょうか?」
やはりって感じだ。
ひとつ屋根の下だなんて、みずから首を差し出すようなものだ。
(アメリアとブランドンは、カイルの正体を知らない。いくらクララの頼みとはいえ、初対面の男を隠れ家に招き入れるわけはない。それだけの警戒心と危機感はあるはず。そうよね?)
心の中で、自分自身に尋ねた。
「もちろん。こんなにいい方ですもの。問題ないわ。ねぇ、ブランドン?」
「そうですね。おれも賛成です。彼がいてくれたら、他国のことをいろいろ学べるでしょうから」
「ブホッ!」
アメリアとブランドンは、いっさい迷わなかった。
ソッコーの快諾に、口に含んだお茶をすべてふきだしてしまった。
リオンとルーは、さすがだった。
お茶の洗礼を、体をわずかにそらすことで避けたのだ。
「す、すみません」
店内にいる全員が注目するのは当たり前だろう。
ありえないほど不調法なイタイ女に、だれもが冷ややかな目を向けている。
「リオったらもう。そうだったわね。あなたたちにも確認すべきよね? カイル。彼女は……」
クララは、呆れている。わたしをカイルに紹介しかけたが、カイルはそれを手をわずかにあげて制した。
血に染まった手をあげて。
「彼女のことなら知っている。パーティーでも夫人とブランドンを護衛していた」
「なんてこと。ふたりは知り合いだったの?」
「まぁ、ふたりは知り合いなの?」
「リオ、彼と知り合いなのか?」
カイルのムカつくほど笑いを含んだ告白に、クララとアメリアとブランドンの言葉がかぶった。
「え、ええ。まぁ……。ただの上司と部下です。あっ、いえ、ご主人様と下級侍女的なものでしょうか?」
想定外の展開に、テンパってしまった。
まさか暗殺部隊の隊長と隊員というだけでなく、王族に名を連ねる王子と王女とは言えない。
もっとも、王女に関しては、リオンとルーの話を聞いてからは出自が疑わしいけれど。
「驚きね。世界って、狭いのね」
クララが嘆息した。
たしかに世界は狭い。
(わたしが作られた世界も狭いのかしら?)
なんて、場違いな疑問を持ってしまった。
「だったらいいわよね?」
「は? いえ、クララお嬢様、それはちょっと……」
まさかカイルがわたしとの関係を、というか、わたしと知り合いだと告げるなんて考えもしなかった。
動揺は、まったく去りそうにない。
頭も心も真っ白で、何も考えられない。したがって、言葉がうまくでてこない。
「いいんじゃない、姉さん?」
そのとき、リオンの声が背中にあたった。
「彼らは、おれたちのヤンチャぶりも知っている。いっしょにすごして後悔しないか、そっちの方が心配なくらいだ」
リオンの警告。
カイルを見た。彼は、わたしを見ていない。わたしのうしろにいるリオンとルーを見ている。
彼の野性的な、それでいて冷たい美貌。いま、そこにはなんともいえない表情が浮かんでいる。
彼のそんな表情は、一度だって見たことはない。
一度たりとも見たことはなかった。
結局、彼と同居することになった。
護衛対象者の命を狙う暗殺者と、同じ屋根の下ですごすことになってしまったのである。