第31話ビミョーなことがてんこ盛りの夜が明けて
「まぁ、リオ。その顔、いったいどうしたの?」
朝、いつものように朝食を作るのに厨房でアメリアと顔を合わせると、彼女は驚いた顔をした。
身繕いでめったに鏡は見ない。身繕いといっても、顔と歯を洗う程度。化粧はしないし、刈り上げた髪の手入れも必要ない。というわけで、鏡を見る必要はないのだ。
というわけで、今朝も鏡を見ずに厨房にやって来ている。
「寝不足ね。眠れなかったんでしょう?」
「そうなのです。昨夜のパーティーで気疲れしすぎて逆に興奮してしまったのでしょう。だから弟たちと夜更かししたのです」
なぜかブランドンと夜のひととき、といっても子どもみたいにパジャマパーティー的なことをしたのだけど、とにかくふたりですごしたことは言えなかった。
リオンとルーとのことは話したけれど。しかし、嘘ではない。ブランドンとのことは省略しただけのこと。
「だったら、まだ眠っていていいのよ。数時間眠ったらスッキリするわ。もちろん、あなたの分の朝食は置いておくから」
「そういわけにはいきません。大丈夫です。今日は予定がありませんので昼寝でもすることにします」
手と首を振り振り、慌てて言った。
そして、朝食はモリモリ食べた。
とはいえ、ブランドンと顔を合わせるのは気まずかった。
朝食後、彼に押し倒したことを謝罪した。それから、ムダに言い訳を連ねた。
誤解されていては迷惑、もとい困るから。
もしもブランドンがクララに口をすべらせるようなことがあったら、昨夜のことが彼女に知れてしまう。当然、彼女は気を悪くするだろう。わたしがブランドンを狙い、クララの目の届かないところでやりたい放題やっているとでも思われたら困る。結果、護衛の契約が破棄されでもすればめちゃくちゃヤバい。詰むどころの話ではないだろう。
「気にしないで。むしろうれしかったよ。きみにいきなり押し倒されるなんて思わなかったからね。すこしだけ驚いただけさ。きみの部屋に夜更けに訪れたにもかかわらず、イヤがられるばかりか受け入れられたって気分だ。むしろ感謝しなくてはね」
「はぁ……。そう言ってもらって安心しました」
なんか話が噛みあっていないような、それでいて誤解されているような、そんな気がしないでもない。しかし、ちゃんと言い訳、というか事実は伝えた。
『暗殺者たちが窓の外にいて、あなたを狙っていたと勘違いし、あなたをかばったのです』
そのように。
まぁ、ブランドンに正確に伝わっているということにしておこう。
この日もまた、クララがやって来た。
ブランドンとのことで、ひとり気まずい思いをした。
やましいことはまったくしていない。手さえ握っていないというのにだ。それどころか、ブランドンはクララ一筋だろうし、わたしもブランドンも含めた男性にまったく興味が持てないでいる。
それなのに、なぜかうしろめたい気がしてならない。
クララは、そんなわたしの罪悪感に気づくはずはない。
彼女は、いつものようにわたしたちとハグをした。
リオンとルーにいたっては、抱きしめてから頬ずりまでしていた。
最近、彼女はリオンとルーを推しまくっているようだ。その過剰な可愛がりっぷりに、やきもちを焼いてしまうほどだ。
リオンとルーだってちゃっかりしている。クララのなすがまま、されるがままで機嫌よく笑顔を見せている。
(ちょっと、姉はわたしよ? わたしにはハグをさせてくれないのに、どうしてクララにはさせるわけ?)
内心で腐りまくってしまうが、考えてみればわたし自身、クララのように手放しで愛情表現をすることはない。わたしらしくないし、照れくささがあるからだ。
それをいうなら、だれにたいしてもそうかもしれないけれど。
愛や情など、生きていく上で必要ない。そんなもので満たされるのは、ごく一部のかぎられた人のみ。邪魔にこそなれ、いいことなどぜったいにない。
そういったもののない世界でずっと生きてきたわたしにとっては、愛や情が自身を殺すとさえ信じている。
「ワオ! このレーズンクッキー、ほんとうにリオがつくったの?」
居間でいつものようにお茶を愉しんでいると、クララは疑わし気にレーズンクッキーをためつすがめつしている。
「ほんとうです。もちろん、アメリア様に教えてもらいましたけど」
「教えてもらったというか、手伝ってもらっただよね?」
「ルー。それは間違っている。手伝ったのはおまえとおれ。姉さんは、指図役だ」
「ちょっとそこ、うるさいわよ。クララ様、一応、わたしもちゃんと手伝ったんですよ。たとえば、オーブンに天板を運んだり、薪を運んだり……」
「型抜きはひん曲げてしまうし、粉だらけにしてしまうし、バターは焦がすし」
「リオン、やめなさい」
「まぁまぁ、リオ。落ち着いて。天板は重いし、薪だってそうだもの。そういう役目こそが重要なのよ」
「よかったね、姉さん。アメリア様が寛大で忍耐強い方で」
「ほんとだよな。おれがアメリア様だったら、尻を蹴っ飛ばしておあずけをくらわせるところだよ」
「だからやめなさいってば。リオン。あんた、口が悪すぎるわよ」
最近、リオンとルーは調子に乗りすぎている。
慣れてきた証拠だろうけれど、そこは微妙だ。
「おば様。今日来たのは、おば様たちに会ってもらいたい人がいるんです」
クッキーとお茶を愉しんだ後、クララはそう切り出した。