第30話どうしてあんなことになったの?
「ああ、なんてことなの」
ブランドンが持って来てくれたホットチョコレートとチョコチップクッキーのお蔭でせっかく眠くなったというのに、すっかり目が覚めてしまった。
あんなことになるなんて、思いもしなかった。
ブランドンが部屋にやって来る前と同じように、室内を行ったり来たりしている。
「姉さん、悪いことをしたね。まさか姉さんが彼を襲おうとしていただなんて、おれたちでさえわからなかった。なぁ、ルー?」
「うん。姉さん、ごめんなさい。ふたりで楽しそうだったし、ホットチョコレートのにおいがしていたから、ご相伴にあずかろうかなって」
リオンとルーは、寝台の上にちょこんと座ってしょげかえっている。
「ホットチョコレート、気に入ったのね。よかったわ」
リオンとルーに出会ったその夜、彼らに最初にご馳走したのがホットチョコレートとチョコチップクッキーだった。
それを気に入ってくれたのだとしたら、姉さんはとってもうれしい。
(って、そこじゃない。そこじゃないでしょう?)
残念ながら、ふたりの真意は読めない。が、ふたりは故意に邪魔をした。
確信まではいかずとも、ほぼ間違いないと思っている。
しかし、並んでしおらしく座っているふたりを見ていると、ついつい甘くなってしまう。
「姉さんが襲おうとした相手には、おれたちからも謝っておくよ」
「うん。それがいいね。『ぼくらの姉さんがはしたなくてごめんなさい』って謝ったら、彼も許してくれるよ」
「だから、襲おうとしたんじゃないってば。あなたたちのことが襲撃者に見えたの。ブランドン様をかばっただけよ」
「床に押し倒して」
「床に押し倒して」
ふたりが声を揃えた。
「まったくもう。かばったのよ、かばったの」
自分で言いながら、あのとき、理由はどうあれブランドンをたしかに押し倒した。
神に誓って、下心があったわけではない。
なにせ彼は、クララの……。
「あああああああっ!」
真夜中だというのに叫んでしまった。
クララの想い人を、ついでにクララのことを想っている人を、あろうことか押し倒してしまったことに、いまさらながら気がついたのだ。
「どうしたの?」
「びっくりした」
リオンとルーは、何が可笑しいのか呑気に笑っている。
「ちょっと、あなたたち。くれぐれも今夜のことは他言は無用よ」
「姉さんが彼を押し倒したこと?」
「だから、そういうふうに言っちゃダメ。いっそ忘れなさい。いいわね?」
リオンの両肩をつかむと、脳にダメージを与えるほどグラグラと揺すった。
その両肩が、骨ばっているわりには異常に硬いことに気がついた。
「わ、わかった。わかったよ、姉さん」
「よろしい。ルーは?」
リオンの方から両手を離すと、ルーの前に立って彼を見下ろした。
「ぼ、ぼくもわかってるよ、姉さん」
シュンとしているルーがまた、鼻血が出るほど可愛い。
「よろしい。くどいようだけど、今夜のことは見なかったし、聞かなかった。いいわね?」
くどいけれど、念を押しておいた。
「でっ、窓の外に現れたほんとうの理由は? なにか話があったの? そうだった。わたしも聞きたいことがあったのよ」
宮殿からわたしたちを尾けていて、リオンとルーが迎え撃ったという連中のことを、もとい古巣の仲間のことが気にかかっている。
訂正。連中を束ねているカイルもいたのかどうかを聞きたい。
大広間内で王妃たちに挨拶をしていたが、目的のためにそうそうに切り上げ、追ってきただろう。
なにせ彼は、自分の欲望を満たすためにみずから獲物を追い、仕留める主義だから。