第29話ブランドンを押し倒して……?
「それでは、おれの気がすまないんだ」
ブランドンは、またしても謎の熱血ぶりを発揮した。
夜更けにしてはおおきすぎる声で宣言すると、急に立ち上がった。その拍子に彼の拳がちいさなテーブルにあたった。
「うわっ」
空のカップがゆっくり落下する。
反射的に手を伸ばすと、彼の手も伸びてきて……。
(なにこれ? どういう状況?)
気がつくと、ブランドンと両手を握ったまま見つめ合っていた。
彼のルビー色の瞳の中に、間抜け面のわたしが映っている。
「リオ。おれは……」
彼の顔が近づいてきた。
(ちょちょちょちょっ、顔が、顔が近すぎる)
両手を握りしめられているので、飛び退ることができない。それでも、背筋力をいかしてのけぞれるだけのけぞった。
その視界の隅、彼ごしに窓が見える。
その窓の向こうに、人影のようなものが見えた。
気のせいではない。見間違いでもない。
たしかに、ふたつの人影だ。
そうと確信した瞬間、窓が開いた。
「ブランドン様、危ないっ」
暗殺者だ。
すべてがあっという間だった。
ほんとうの意味での現役は引退しているものの、体は覚えている。
危険を察知した瞬間、その体は勝手に動いていた。
「姉さん。姉さんらしいといえば姉さんらしいけど、いくらなんでも護衛対象者である男性を押し倒し、暴行しようだなんて、コンプライアンス的にどうなんだろう?」
「こんなエクササイズ、いくら姉さんでもセクハラで訴えられたらアウトだよ」
背中にふたつの声があたった。
リオンとルーの声であることはいうまでもない。
なふたつの人影は、ふたりだったのだ。
このときはじめて、彼らは自分たちに割り当てられた部屋はほとんど使わず、夜間は屋敷の庭ですごしていることを知った。
彼らの部屋の寝台は、いつでも使われた形跡がなく、きれいに整えられていたのはそのせいだったのだ。
てっきり自分たちでベッドメイクをしているのかと思い込んでいた。アメリアも、「男の子なのにちゃんとしているのね。よほど躾がされているのよ」といつでも感心していた。その讃辞を、鼻高々に受けていた。
わたしが躾けたわけではないのに、だ。