第28話ブランドンがわたしの部屋にやってきた
「すぐに開けます」
せっかく訪れてくれたブランドンを追い返すほど、わたしは悪女ではない。
けっしてホットチョコレートにつられたわけではない。
訂正。ホットチョコレートがなければ、ブランドンといえ真夜中に部屋に入れるわけにはいかない。
なにせ彼には、クララがいるのだから。
わたしにまったくその気がなく、ブランドンにいたってはわたしを異性だとみていないとしても、あらぬ誤解が生じては信頼に関わってしまう。この依頼の契約を破棄されかねない。さらには、「よろづ解決屋」としての業務に差し障ってしまう。
こういう商売は、信用と信頼と腕がなにより大切。それらを喪うことすなわち、依頼がこなくなってしまう。ということは、糧を失ってしまう。
髪色と瞳の色が黒色と不吉きわまりない上に、顔そのものもイマイチ。体にいたっては、ちんちくりんのツンツルテン。さらには、協調性がなくって短気で暴力的できつい性格。
こんなわたしを雇ってくれるところなんてぜったいにないし、もうだれかにこき使われることもイヤだ。
「リオ、まだかい?」
「す、すみません」
慌てて扉を開けた。
「ブランドン様、どうぞ」
「こんな夜更けにすまない。きみの部屋から明かりがもれていたので、眠れないのかと思ってね。ほら、ホットチョコレートとクッキーを持って来たんだ」
彼は、室内に入りつつ胸元のトレイに視線を落とした。
そこには、ほんのり湯気の立つホットチョコレートが二杯と皿の上にはチョコチップたっぷりのクッキーがのっている。
「きみの大好物。だろう?」
「おっしゃる通りです」
彼のやわらかい笑みを見ると、自然と笑みがこぼれた。
くどいようだが、大好物を目の前にしているからではない。
わたしの部屋には、椅子の類がない。もとは、子ども部屋だったらしい。そのため、室内には寝台と小さな丸いテーブルと姿見があるだけ。トイレと風呂はすぐ隣なので、不自由はない。
なにより、二階のこの部屋にはバルコニーがないところが気に入っている。
クララのお母様の実家であるこの屋敷は、老朽化している。屋根もずいぶんと傷んでいる。バルコニーがなければ、階下からも屋根からの侵入も難しい。ムリをしても、スキニーなおとなの体重は支えられない。
習性、というのだろうか。
いろいろ考え、いまの事務所兼自宅も選んだのだ。
それはともかく、ちいさくて丸いテーブルを寝台の前までもって来ると、ブランドンはそこにトレイを置いた。
寝台の上に並んで座るしかない。
「冷めないうちに召し上がれ」
「では、遠慮なくいただきます」
カップを持ち上げると、ホットチョコレートの甘い香りが鼻腔をくすぐった。「フーフー」しながら、ルーの「フーフー」の可愛さとは似ても似つかない、と自分でも情けなくなった。
とはいえ、ホットチョコレートは甘くほろ苦い。口の中だけでなく、体全体が温まった。それだけではない。心は、しあわせな気分に満たされた。
「美味しいです。ブランドン様がつくってくれたんですよね?」
「もちろん。こう見えても、ホットチョコ―レートをつくるのは得意なんだ」
「わたしもです。このチョコレートチップクッキーは、先日、アメリア様と一緒につくったものですよね? チョコチップクッキーとホットチョコレート。ダブルチョコレートがまた、いいんですよ」
「きみは、他のご令嬢たちと違い、そういうことは気にならないんだね。いつでも美味しそうに、大量に食べている」
「え、ええ、まぁ……」
美味しそうに食べるところはいい。大量に食べる、というところはビミョーすぎる。
「ブランドン様も眠れなかったのですね」
ホットチョコレートもチョコチップクッキーもあっという間になくなった。
現金なもので、お腹が満たされたら急激に眠くなってきた。
そういえば、王家主催のパーティーでたくさん食べたけれど、とっくの昔に消化してしまっている。
「きみにあらためて謝りたくてね」
「ですから、あれは気にしていません。わたしの方こそ、弟たちのことも含めていろいろ話をしていないことがありますので。おあいこです」
とりあえず、ブランドンには引き取って欲しい。
やることをやったら、とはいえ、飲み食いのことだけど、とにかくこれ以上密室でふたりきりになりたくない。