第27話カイルはなぜやって来たのか?
体も心も疲れきっている。
疲労の一番の要因は、やはり慣れないドレスを着用し、場違いな場所に行ったからだろう。
それなのに眠れない。
これは、神経が昂っているせいだ。
割り当てられた寝室内を、ムダに行ったり来たりしている。
まるで檻の中の獣のように。
王家主催のパーティーにカイル・ノースモアが来ていたのは、偶然ではなかった。
というか、シンプルに招待をされたわけではなかったのだ。
カイルは、わたしからすれば異常者だ。クレイジーなやつと断言できる。
彼はモート王国の王子のひとりで、幼い頃から冷酷非情だったという。しかし、彼は根性というか精神というか、とにかく「心」以外は完璧だ。
心のない男、といったらいいのだろうか。
そんな彼は、王子のひとりとして安穏と生きるよりも殺戮の中に生きることを選んだ。
以降、彼はキングスリー国の諜報や工作や暗殺を一手に担う組織を束ねている。
そんな彼にわたしだとバレやしかっただろうか?
リオンの話を聞いたとき、まず考えたのがそのことだった。
さいわい、まともなドレスを着用するのに、刈り上げた髪は似合わないとクララにダメだしをされた。だから、急遽オーソドックスな茶髪のウイッグを着用した。しかも、彼と面と向かったわけではなく背を向けていたのでごまかしようのない瞳の色は見られなかったはず。
しかし、身についた所作はごまかしようがない。
ただ歩いているだけでも、彼はわたしのクセを知っている。
これもさいわいなことに、着用し慣れないドレスやヒールのせいで歩き方がいつもと違っていた。
だから、見抜かれなかった可能性はある。
それに期待せずにはいられない。
「あのクレイジー王子は、いったいなんのためにあそこにいたの?」
モート王国とキングスリー国の関係は、あまりよくない。はっきりいって冷え切っている。
そんな関係であっても、キングスリー国が格下のモート王国の要人を暗殺することはあるのだろうか。まぁ、戦争をするより王族をはじめとして要人を暗殺し、傀儡の王に統治させた方が安上がりだ。実際、それで何か国もやられているのだし。わたし自身、三、四か国に潜入し、成功している。
しかし、腑に落ちない。
あるいは、モート王国がアメリアとブランドンの暗殺を依頼した?
実際、宮殿から尾けていたし。
カイル率いる組織は、自国のためだけでなく諸外国から依頼されて仕事をすることもある。ただ、それが弱小国の国家予算に値するほどの依頼料になる。
が、それも腑に落ちない。
アメリアとブランドンを消すのに、そこまでの予算を使うとは考えにくい。
他国同様、このモート王国も裕福ではない。そこに予算を当てたり、自腹で支払えるとは思えない。
ふたりなら、冤罪でもって断罪してもいい。あるいは、兵士や騎士でも充分始末できる。
わたしの存在をつかんでいたとしても、それでもカイルたちを雇うほどのことではない。リオンとルーの存在ならなおさらだ。
リオンとルーは、だれも知る由もない未知なる存在なのだ。
どう考えてもわからないが、よりいっそうヤバくなったことだけはたしかなことだ。
「コンコン」
いろいろ考えていると、控えめに扉がノックされた。
「リオ、起きているんだろう? ホットチョコレートを持ってきたんだ。どうだい?」
ブランドンだった。