第24話走って帰るですって?
いったんアメリアとブランドンの屋敷へ戻り、そこから来たときと同じように地下道を使って王宮外へと出た。
王宮まで連れてきてくれた馭者は、ここでずっと待っていてくれた。そのけっして短くない待ち時間。馭者は、暇を持て余したの違いない。実際、彼は、いまも馭者台でウトウトしている。
いつ戻ってくるかわからないのにもかかわらず、ずっと待っていてくれたのだ。
クララは、金貨を握らせたのだろう。
「長い間お待たせしました」
「いえ、奥様。月の明るい夜です。気候もいい。気持ちがいいですよ」
アメリアの言葉に、馭者はニンマリ笑った。
かすかに酒精のにおいが漂っている。
仕事ちゅうの飲酒の是非はこの際問わないとして、月を見ながらの一杯は、格別だろう。
「王宮の警備兵や怪しげな人は来なかった?」
「いや。だれもこなかったよ、レディ。人どころか、夜鳥だっていやしない」
「そう。じゃあ、屋敷までお願いね」
「任せておけ」
どうやらだれも来なかったようだ。
アメリアとブランドンが馬車に乗り込み、わたしも乗り込んだ。
「どうしたの? はやく乘りなさい」
が、リオンとルーは馬車に乘ろうとしない。
「おれたちは、走って帰るよ」
「なんですって? リオン、子どもだけでは危ないわ」
走って帰れない距離ではない。が、一般的な子どもだけでの夜道は危ない。
「大丈夫だよ。おれたちには、運動が必要なんだ」
強調された「運動」という一語にピンときた。
「リオン、くれぐれも気をつけてね。ルーもよ」
「わかったよ、姉さん」
「うん」
ふたりとアイコンタクトを交わし、馬車の扉を閉めた。
「彼らはいいのかい? いくらなんでも危ないよ」
「そうよ、リオ。最近、人買いの手先が横行しているのよ。彼らにとっては、王都であろうと地方だろうと関係ない。性別や年齢もね。とくに外見のいい子どもたちは、おとなのいい慰み者になるわ」
対面席の向かいに座る母子は、至極当然の反応を示した。
「ええ。こういう仕事をしていますので、そのことはよく知っています。実際、人身売買グループから子どもを取り戻したことがありますので。ですが、弟たちは大丈夫です。田舎育ちなので、人の三倍も四倍もすばしっこいのです」
ほんとうは、人の、というよりかおとなの三十倍も四十倍もすばしこくて強い、ということは告げなかった。
このままいけば、アメリアとブランドンの命を狙っているであろう連中が襲ってくるのはわかっている。実際、いまもその気配を感じる。
リオンとルーも感じている。だからこそ、隠れ家がバレる前にやっておこうというわけだ。
「すばしっこいだけでは、おとなにはかなわないよ」
「ブランドン、弟たちのことを心配してくれてありがとう。だけど、ほんとうに大丈夫だから。弟たちとわたしを信じてくれないかしら?」
できるだけ穏やかに言ったつもりだ。安心させるために笑みまで浮かべてみた。
「子どもらを置いて出発していいんですか?」
馭者台から馭者が尋ねてきたので、「行ってもいい」と応じた。
馬車は、ゆっくり走り始めた。
窓の外を見ると、リオンとルーは手を振って馬車を見送っていた。