第23話またもやダメダメ王子登場! さらには……
また人間ウオッチングに戻ったけれど、ブランドンが何か言いたそうにしている。
先程のアメリアと宰相とのやり取りのことに違いない。間抜けなわたしでも、さすがに自分たちの正体に気がついただろう、とでも言いたいのだろうか?
もっとも、間抜けなわたしでもリオンとルーのお蔭ですでに知っているけれど。
そのことを、アメリアとブランドンは知らない。
まぁ、そのことについてはおたがいさまというところか。
もっとも、いまここでそんなことを言い合うつもりも話し合うつもりもない。
というわけで、ブランドンの視線と表情は無視することにした。というか、それらに気がついていないふりをした。
それよりも、この機会に敵、あるいはそれに値する者、もしくは疑わしき者をチェックしておきたい。
ご貴族様の依頼を受けてきたとはいえ、ほんとうの意味での社交界は知らない。つまり、家名や爵位は知っていても、顔まではわからない。
ちょうどいい機会である。いまのうちに覚えておこうというわけ。
このパーティーなら、このモート王国のほとんどの貴族をはじめとした有力者や著名人が集まっている。それこそ、覚えきれないほど。
というわけで、ブランドンが言いたそうにしている様子には気がつかないふりをし、彼に「あれはだれ?」、「あっちはどこの人?」というふうに尋ねた。
そうこうしているうちに、大広間内に触れがあり、王妃と側妃たちがやってきた。
国王は、最近体調を崩している。当然、いまもパーティー会場である大広間に現れてはいない。そのかわりに王妃や側妃、それから王子たちが招待客の間をまわっては声をかけ始めた。
わたしたちは、それを壁際で見ている。
(というか、アメリアとブランドンは、どうしてここまで疎外されているの?)
残念ながら、リオンとルーもその原因、あるいは発端となるところまでは時間が足りなくて調べられていない。
(って、わたしってば、姉なのにすっかりふたりに頼りきっているわね)
苦笑せずにはいられない。
「リオ、そろそろ行きましょう。もうわたしたちの体面は繕えたはずだから」
「いいのですか、アメリア様?」
アメリアにそっと声をかけられた。
アメリアにとってもブランドンにとっても、ここはかなり居心地が悪いだろう。
王家主催のパーティーのため、顔だけ出しておけばいい。その義務は果たせている。
それはわかっている。アメリアだってはやくここから去りたいことも。
が、わたし個人的には「なんだかなぁ」って感じがする。
アメリアとブランドンは、命を狙われるところまでいろいろこじれている。それから、失うものもない。
それならば、いっそぶちかましてやってもいいのではないか?
なーんて、わたしは当事者ではないから、そんな単純で過激な考えができるわけで……。
そんなひとりよがりなことを考えている間に、アメリアとブランドンは歩き始めている。しかもバルコニーの方へ向かって、である。
大廊下へでようとすると、ここからだとイヤでも大広間内を縦断しなければならない。そうすれば、ぜったいに王妃たちの目に留まってしまう。だからこそ、アメリアはバルコニーから出ようというわけだ。
彼女たちを追いかけるべく向きをかえたのと同時に、うしろから嘲笑まじりの怒鳴り声が聞こえてきた。
「逃げるのか、ひきこもり野郎」
振り返ると、いかにも意地悪そうな青年が立っている。
この意地悪な顔は、前回の潜入で見覚えがある。
というか、実際意地悪だった。
第二王子のヘンドリック・モヘットだ。
彼は、意地悪だけではない。女ったらし、というかセクハラ野郎だ。
侍女をつかまえては、あらゆるハラスメントを行うドブネズミ野郎なのだ。
「耳まで悪いのか? 王家の恥さらし母子っ!」
ヘンドリックは、自分のことを棚にあげまくっている。
いわれなき罵倒に、アメリアとブランドンが振り返った。
「兄上、ちゃんと顔は出しました。このままいても、兄上たちに不愉快な思いをさせるだけでしょう?」
ブランドンは、やわらかい笑みとともに言った。
彼は「偉い」と、心から思った。
わたしだったら、この時点で第二王子に拳をくれただろう。
「心にもないことを言うじゃないか。さすがは腹黒い淫乱の息子だな」
(いまのって、アメリアのこと?)
心の底から驚いた。
「兄上、冗談でも口がすぎますよ」
わたしの驚きをよそに、ブランドンが静かに言った。
その声音は、ゾッとするほど低く鋭かった。わからないほど体が震えている。視線を落とすと、彼の両の拳が真っ白になっている。
彼は、必死に怒りを抑えているのだ。
「なにをしているの?」
そのとき、王妃たちが近づいてきた。
いまのヘンドリックとブランドンのやり取りを聞いていたに違いない。
(ヘンドリックをけしかけたのも、王妃だったのかも)
邪推せずにはいられない。
「王妃殿下、ご挨拶申し上げます」
アメリアがドレスの裾をあげ、優雅に挨拶するのでそれに倣うしかない。
「アメリア。あなたたち母子が顔を見せると、ろくなことはないわね。去るのなら、ひっそりと去りなさい」
王妃は、絶世の美女と名高い。
とはいえ、どの範囲での絶世かはわからないけれど。ついでにいうと、中身は絶世とはほど遠いけれど。
「王妃殿下、失礼いたします。ブランドン、行くわよ」
「おい、待てったら」
背を向けた途端、ヘンドリックが小犬みたいにキャンキャン吠えたててきた。
「およしなさい、王子殿下。今夜の主役は、王族の方々。似非王族のいるべき場所ではありません」
「まぁ、たしかに大公の言う通りだな」
背中にたくさんの笑声があたった。
背後をチラリと見ると、恰幅のいい男がこちらを、というよりかアメリアの背中を熱く見つめている。その男が、いまの言葉を吐いたのだ。
それがライオネル・ホプキンソン大公。つまり、クララのお父様なのだ。
「お父様」
クララの声が背中にあたった。
「お客様をほったらかしにされてどういうつもりですか」
クララの怒りとも呆れともいえるいえる声音に、ほんのすこしだけ胸のつかえがおりた。
「王妃殿下、大公、ひさしぶりですね」
さらには、さわやかな青年の声も背中にあたった。
再度、背後をチラリと見た。
その瞬間、ドキリとした。
さわやかな青年がカッコいいとかイケてるというわけではない。
いや。それもたしかにある。厳密には、カッコよくてイケてる。そうではなく、どこかで会った気がしたのだ。
「ひさしぶりですね。元気そうでなによりだわ。旅の道中はなにごともなかったようね」
「お蔭様で。王妃殿下におかれましても、つつがなくおすごしのようで」
ありきたりな、それでいてどこか殺伐とした挨拶を背中で聞きながら、体の震えが止まらない。
「姉さん、大丈夫?」
リオンに手を握られなかったら、ふらついて醜態をさらしたかもしれない。
「だ、大丈夫よ」
かろうじて外へ出た。できるだけ頭と心を無にし、アメリアとブランドンの背中だけを見つめた。
(まさかこんなところで祖国の顔見知り、っていうか、大っ嫌いな奴に会うなんて……)
そこまで考え、頭を振った。
いまは、集中すべきことがある。それに集中すべきだ。