第22話宰相とダメダメ王子
大広間には、当然のことながら大勢の人々が集まっている。
宮廷付きの音楽団の厳かなしらべの中、それぞれがそれぞれの楽しみ方をしている。
わたしたちはというと、そのような中で疎外感が半端ない。遠巻きに視線を送ってくるくらいで、だれもわたしたちに、といよりかアメリアとブランドンに近づこうとしない。
アメリアやブランドンの美しさやリオンとルーのカッコ可愛いさでさえ、この場ではその効力を発揮しそうにない。
それもそのはず。今夜のこのパーティーを取り仕切っている一派だけでなく、他の派閥も目を光らせているのだ。
アメリアとブランドンに関われば、そんな連中に目をつけられてしまう。そうなれば、たまったものではない。
ほとんどの人たちが、わが身や家門への影響を怖れ、避けているのに違いない。
アメリアとブランドンがここにいるだれかにたいして危害を加えたり、精神的にプレッシャーをかけるようなことはいっさいない。ふたりがそんなことをするわけはない。
それでも、ふたりは避けられている。訂正。避けざるを得ないのだ。
とにかく、わたしたちは浮いていた。というか、完全に場違いである。
とはいえ、ある意味では気がらくだ。
愛想を振りまいたり、おべっかを乱射しなくてすむのだ。
そういう意味では、いまの状況は個人的には好ましいといえるだろう。
周囲に注意と気をしっかり払いつつ、人間ウオッチングにいそしむことができた。
もちろん、食べることも忘れない。
「アメリア」
「まぁ、レイ」
渋カッコいい男性が、大広間の壁の花の存在的なわたしたちに近づいてきた。
取り巻きや護衛やをゾロゾロ連れている。
遠目に何度か見たことのある男だ。
宰相のレイモンド・キングスリー。
野心家でそうとうなやり手で、これまで代々宰相の地位を世襲してきたランバートン公爵家を陥れ、その地位を奪ったといわれている。
「アメリア、元気そうじゃないか」
「レイ、しばらくぶりね。最近はお茶会さえ呼ばれないから、こちらに足を運ぶこともなくなったの。だから、あなたの顔を見ることもないわ。もちろん、あなたもわたしたちの城に出向くことはないでしょうしね」
「城? ああ、あのあばら家か」
宰相は、笑った。
「ええ。あなたがあてがった森の中の屋敷よ。どんな建物でも、わたしたちにとっては城も同じことだから」
「最近は、その城を放棄しただろう? おおかた大公女のところにでも転がり込んでいるのではないか?」
アメリア同様、宰相も年齢より若く見える。
が、年齢以上に老獪だ。
いまもアメリアと探りあい、牽制しあっている。
(宰相は、すでにあの隠れ家のことを知っているのね)
まぁ、知られずに通そうという方が不可能なこと。
驚くほどのことではない。
「あら、さすがね。こんな忘れ去られた年増レディのことまで把握しているなんて、宰相という立場も大変だとつくづく思うわ」
アメリアは、意外にも辛辣だった。というか、驚くほど攻撃的だ。
「おやおや、アメリア。きみは、そこいらの年増のレディよりずっと美しくて若々しいよ」
宰相は、歯の浮くようなお世辞で返した。
「そんなことは、わたしなどより愛する奥様にこそ言うべき言葉ではないかしら?」
そして、アメリア。
聞いていて、めちゃくちゃ面白い。
宰相には、正妻以外に若いのから人妻まで複数の愛人がいるというのは有名な話だ。
というわけで、夫婦仲は超最悪らしい。
「宰相、なにをしている? そんな役立たずの相手などするだけムダだ。それよりも、蛮族の王子の相手をしてくれ。レベルが違いすぎて手に負えそうにない」
せっかくの面白いやり取りなのに邪魔が入ってしまった。
やって来たのは、いわゆるダメダメ王子のひとり。名前は覚えていないが、第三王子だったと思う。
でっぷり太っている。幼い頃からムダに飽食し、ガマンや努力を知らないのだろう。それなのに、自分よりまともな人をムダに蔑み、攻撃するのだ。コンプレックスを抱えている者の典型的な特徴といえる。
第三王子らしきおデブさんは、ひたすらブランドンを敵視している。
事情を知らないわたしでさえ、それがありありとわかる。
「殿下、めったなことを言うものではありません」
宰相は、即座にたしなめた。
「おれは、王子だぞ。おれのどんな言葉も、国王以外では許されるのだ」
(レベルが低いのは、あんただろう?)
と、心の中でツッコんだけれど、すぐに気がついた。
(蛮族の王子の方がレベルが高すぎるということね)
そういう意味でのレベルが違いすぎる、だったのに違いない。
「アメリア。勝手なことはしないことだ。きみがいつも望むように、平和で穏やかな日々をすごしたいのならな」
宰相は、アメリアの顔に自分のそれを近づけ忠告した。
声を潜めるでもなく、だ。むしろわざと威圧的な声と態度で。
それから、彼は背を向け第三王子と去って行った。
そのうしろを取り巻きや護衛たちがぞろぞろ追いかけていく。
シュールすぎて笑いそうになった。