第20話王宮の森の中の古びた館
街馬車の馭者は、すべてを心得ている。クララが金貨を握らせているのだろう。
馬車が停まったのは、王宮からはすこし離れた森の中だった。
そこから地下道を通り、王宮内へと入った。
地下道はモート王国建国時に続いていた戦乱の名残らしく、いまはもう使われていないのだとか。
アメリアとブランドンは、松明やマッチを準備している。
忘れ去られた遺跡かと思いきや、意外にも石畳で歩きやすい地下道だ。過去の人たちのお蔭で、転んだりドレスを汚したり破いたりしなくてすんだ。
とはいえ、さすがにヒールは脱いだけれど。こういうこととは別に、万が一のために履き慣れた靴を持ってきて正解だった。
そして、ほどなくしてアメリアとブランドンの割り当てられているという区画に到着した。
それは、宮殿から離れた森の中にあった。
「ここのほうが、雑事に煩わされなくていいの。ほら、わかるでしょう?」
アメリアはそう言って笑ったが、アメリアとブランドンが疎外されていることがはっきりわかる。
「だけど、暗殺者も送りこみやすいわよね」
彼女は、そうも言った。
宮殿内なら、他の多くの目がある。どのような手段で暗殺しようとしても、だれかに見られる、あるいは聞かれる可能性は高い。
が、こんな森の中では、やりたい放題だ。
「侍女や執事や料理人は?」
「すべてわたしたちでやっているの。いまとなっては、それでよかったわね。食材や必要なものは、ふたりで直接宮殿まで取りに行くようにしているの。野菜や果物なんかは、ある程度作ったりとったりしているわ。あとは、実家からの仕送りね。小麦や大麦などを送ってくれるから、それが一番助かっているわ」
彼女は、何か所かを指さした。
いくつかの畑には作物が実り、木々には果実や木の実がなっている。
(なんてことなの)
祖国の王宮にいた頃の自分自身もたいがいだが、彼女たちの境遇もひどすぎる。
胸が痛んだと同時に、怒りを覚えた。
屋敷内は、外観ほど荒れ果ててはいなかった。
もともとは、王宮で働く人たち向けの寮だったという。だから、部屋がたくさんある。
「時間だけは有り余っているから、掃除は欠かさないの」
アメリアは、そう言って笑った。
「これまでは忘れ去られたような存在だったから、王宮内のほとんどの人たちがここやわたしたちのことは知らないでしょうね。知っているのは、物資や食材を受け取るために接するごく一部の人たちよ」
「アメリア様。失礼ですが、そのような存在のあなた方が、どうしていまさら命を狙われることになったのでしょう? このまま忘れ去られたままでも、とくに支障はないと思うのですが」
どう考えても不思議だ。
アメリアとブランドンがこれだけ疎外、というよりか完全に世捨て人のような存在になっているのに、だれかの脅威になるとはとうてい考えられない。王族どころか、下層民でさえ脅かす存在にはならないだろう。
「リオ、ごめんなさい。ほんとうにわからないの。ここにいるとまったく情報が入ってこないから、わたしたちの知らない、あるいは知らされていないことばかりだわ。いまとなっては、ここでの安穏とした生活にいい気になりすぎていたのね」
アメリアは、心からすまなさそうに言った。
ここまで言われれば、これ以上追求できるわけはない。
そのとき、複数の視線を感じた。そっと視線を巡らせると、リオンとルー、それからブランドンがこちらを見ている。
リオンとルーのことは無視した。ブランドンとは、そのまま視線を合わせたままにした。
彼は、なにか言いたそうにしている。
実際、口を開きかけた。
「さっ、そろそろ行きましょう」
が、アメリアのひとことで彼の口は閉ざされた。