第2話報酬
「報酬よ。受け取ってちょうだい」
「これって、契約金額より多いですよ」
ローテーブルの上には、契約時よりも倍以上の金貨が積まれている。
この年季の入ったローテーブルは、ガラクタ市で格安で販売していたのを半額まで値切った、いわば戦利品。ローテーブルだけではない。この狭苦しい事務所兼家の中にある備品の一部は、ガラクタ市で破格の値で購入したものだ。ほとんどは、顧客からの礼の品やタダで譲ってもらったもの。
というわけで、どれも相当年季が入っている。
「感謝の気持ちよ。報酬とは関係ないわ」
「それにしたって多すぎます。そもそも、報酬だって多すぎるのです」
「あなた、ずいぶんと欲がないのね」
彼女は、事務所内を見渡した。
室内にあるすべての物を合わせても、彼女のネックレスにさえ及ばないだろう。
「あなたは、貴族専門ってうたっているけれど貴族以外の依頼も受けているんでしょう? しかも無償で」
「ええ、その通りです。その分、ご貴族様からいただいています。ご貴族様もいろいろですから、臨機応変にいただいています。というわけで、お嬢様にはそうとうふっかけたわけです」
彼女は、依頼時にわたしがふっかけたことを知っていた。知っていた上に、その倍の金額を提示してくれたのだ。
「あなたって、ほんとうにおもしろい人ね」
「そうでしょうか? わたしは、わたしにできることをやっているだけです」
「そういう意味じゃないけれど、それもあるわね。だけど、気に入ったわ。わたしたち、いい友達になれそうだわ。そう思わない?」
「ダメですよ、お嬢様。お嬢様とわたしとでは、そもそも住む世界が違います。お嬢様とわたしは、同じ人間でレディというだけです。出自や性格、生きる場所。すべてが違いすぎます。今回のことがなければ、一生涯かけたってわたしはお嬢様の目にとまりさえしなかったでしょう」
「そうかもしれないわね」
彼女は、窓の方を向いた。
窓の外は、隣家の壁だ。
この事務所兼住居は、閉所恐怖症や開放的な人には不向きなのだ。
「子どもの頃からの婚約者であるあいつが、クズだってことはずっと昔にわかっていたの。しょせん政略的な婚約者どうし。そこに愛や信頼なんてなかった。だから、どうでもよかった。だけど、婚約者である限りは、良き婚約者であろうと努力はしたわ。もちろん、他のどんな男に見向きもしなかったし。しかし、あいつは違った。たった十歳の子どもの頃から、あいつは他の女の子やメイドに手をだしまくっていた。というか、遊びを続けた。わかっていたけれど、いつかは振り向いてくれるんだと、この政略結婚を諦めてくれるんだろうと希望を抱いていた。その結果がこれ。遅すぎたのね。お父様に訴えても、王家の命令だからと突っぱねられてしまった。他の有力な親戚筋だってそう。両家の影響を怖れ、介入できなかった」
「大公家に生まれた者の宿命ってわけですね。恋愛物のベタな筋書きです。お嬢様は慈善活動をされたり、王族に働きかけたりと、庶民のための活動を積極的にされています。それらは、他の上位貴族たちにはなかなかできないことです」
彼女がクズ野郎、もとい元婚約者に狙われたあのときも、慈善活動で教会に行って帰ろうとしたタイミングだったのだ。
もっとも、それも彼に尻尾をださせるため、そのタイミングを作ったのだけれど。
「そんなアグレッシブなお嬢様です。さらに勇気を振り絞って、大公閣下に、いえ、父君に逆らってもいいのではないでしょうか? 第二第三のクズ野郎でストレスを溜めないうちに。まぁ、この世の中の野郎どもすべてがクズというわけではないですけどね」
「あなた、いいこと言うわね。そうね。これまで、大公女として完璧にやってきた。だけど、これからは自分自身のことも考えてみるわ。もちろん、大公家の家門に傷がつかない程度にね」
「そうなさってください。これもなにかの縁。なにかありましたら、いつでも力になりますよ」
結局、依頼料はありがたく受け取り、ボーナスの分は慈善団体に寄付してもらうことにした。
この王都には、わたしより金を切実に必要としている人たちが大勢いるのだから。