第17話なんかすごいんですが引き受けます
朝食は、三種類の焼き立てのパンとサラダと具だくさんのスープとヨーグルトだ。
「パンを焼くのが大好きなの」
アメリアは、そう言って笑った。
チーズパン、ラズベリーパン、ベーコンとタマネギパン。
三種類ともめちゃくちゃ美味しい。パン屋で売っているレベルのクオリティだ。
両サイドに十人ずつは座れる長テーブルに、わたしたちとクララたち三人ずつわかれて座り、三つのバスケットに入ったパンを取っては貪り食べた。もちろん、スープとサラダも美味しかった。それから、アプリコットジャム入りのヨーグルトも。
「パン、めちゃくちゃ美味しいです。モヘット夫人は、ふだんからパンを焼いてらっしゃるんですか?」
「ええ。昔からの唯一の特技ね。実家には、麦がたくさんあるの。こうして王都にいるいまでも、実家から送ってきてくるから、パンを焼いているわけ。小麦の大量消費、というわけね」
「パン屋のレベルですよ」
空になったバスケットを名残惜しそうに見た。
こんな美味しいパンなら、毎日食べたい。
(ああ、そうか。アメリアとブランドンの護衛をするなら、ご馳走になる機会はあるわよね)
わたし自身、護衛の仕事を引き受けるつもりでいることに気がついた。
朝食後は、居間に移ってお茶とクッキーをいただきながら詳しい話を聞くことになった。
もちろん、クッキーもアメリアが焼いたという。
チョコチップクッキーもあって、狂喜乱舞しそうになった。
「姉さんが夜な夜な食べているよね?」
「姉さんが袋を抱えて食べているクッキーだよね?」
クッキーののっている皿に手を伸ばそうとしたタイミングで、あろうことかリオンとルーが暴露した。
(夜な夜な? まだそんな長い付き合いじゃないわよね?)
と思いつつ、おとなだから笑顔でふたりの頭を軽くグリグリした。
「ふたりとも、失礼なことを言わないで」
「痛いよ、姉さん」
「痛すぎるよ、姉さん」
ふたりは泣きそうな顔をした。
これでは、弟を虐める姉まるだしだ。
「いつもはこんなんじゃないんですよ。初対面の人の前でこんなことを言うなんて、失礼ですから。やさしくたしなめただけです」
「リオ。強面のあなたなのに、弟たちには弱いのね。まぁ、これだけカッコ可愛い弟たちだったら、わたしでもメロメロになるでしょうけど」
「そうなんですよね、クララお嬢様」
クララと笑ってしまった。
アメリアとグランドンも笑っている。それから、リオンとルーも。
ひとしきり笑った後、やっとチョコチップクッキーにありついた。
小麦ではない。オーツ麦のクッキーだ。
これもまた、食感がよくてめちゃくちゃ美味しい。
お茶は、ミルクと砂糖たっぷり入ったアールグレイ。
ほんとうはストレートの方がいいんだろうけれど、こういう場合はお子様の味覚になるのだ。
しばらくお茶の時間を愉しんだ後、いよいよ依頼の話になった。
「おふたりは、命を狙われていると聞いています。だれに、どうして狙われているのでしょう?」
一番知りたいことだ。
「わたしたちは、王族に名を連ねる者です。正直なところ、明確な理由はわかりません。それから、だれに狙われているのかも」
「王族?」
つぶやきつつ、クララを見た。
彼女は、涼しげな顔をしている。
「あえて伝えるなら、王族だというだけでその存在を厭う王宮内のだれか、といったところかな?」
ブランドンの説明は、あるあるだ。
わたし自身がそうだったからだ。
とはいえ、わたしの場合はアメリアとブランドン母子とは違う意味だけど。
とにかく、王族だからという理由で王宮内のだれかに狙われるという筋書きで納得するしかない。
いまのところは、だけど。
彼女たちは、すべてを話そうという気はなさそうだ。
厳密には、わたしたちのことを信用していないから話す気になれないのだ。
あるいは、腕を疑っているのか。さらには、ビビって断わるだろうとタカをくくっているのか。
「なにかしらの物理的、あるいは精神的な被害はありましたか?」
「物理的にはまだ。精神的には、追いつめられて王宮から逃げだし、いまこうしてクララにお世話になっています」
「クララお嬢様。おふたりがここにいることを知っている人はいますか?」
「わたしたち以外には、わたしの執事のレッド・マクレガンよ。彼には食料や日用品の調達など、こまごまとしたことをお願いしているの。ああ、彼なら大丈夫よ。わたしとは幼馴染なの。サディアスやジャックと同じようにね。前の依頼のときに会ったわよね?」
以前、クララの依頼を受けた際に彼女と一緒にいた強面の青年を思い出した。
最初、わたしなど雇わず、彼にどうにかしてもらったらいいのに、と思ったものだ。ごつい体といかつい顔は、それだけでクララに危害を加えようとする連中の抑止力になるだろう。
「レッド・マクレガン? たしか、ジャックもマクレガンですよね?」
「ええ。双子の兄弟なの。ジャックが兄でレッドが弟。二卵性双生児ってわけ」
「ああ、なるほど。では、そのレッド以外には? ご家族にも話をしていないのですね?」
「話せないの。とくに父にはね」
彼女の父親であるホプキンソン大公は、自身王位を狙っているといわれる野心家である。
クララは、アメリアとブランドンの命が狙われていることに、自分の父親も関与していると考えているのだろうか。
「リオ、どうかしら? 危険な仕事になるかもしれない。いいえ。危険な仕事になるわ。本来なら、サディアスに頼みたいの。だけど、彼には頼めない。今回のことが片付いても、おば様とブランドンはまた違う意味で責められることになるかもしれないから。かといって、他に信頼できて腕っぷしの強い人がいないし。ここに住みこんでふたりを守ってくれないかしら? それが、わたしからの依頼よ」
クララは、依頼することに躊躇している。それが、表情や言葉の抑揚でよくわかる
まさかわたしが弟たちを連れてくるなんて思ってもみなかっただろうから。わたしにもしものことがあれば、弟たちが悲しむ。それを考え、依頼することを躊躇ったのだろう。
もっとも、ふつうの弟たちなら、いくらわたしでもこの依頼は断っただろう。だけど、わたしの弟たちはふつうではない。
しかも、期間はわからないけれどこの依頼が片付くまで住居の心配はいらないだろう。
「あなたち、かまわないかしら?」
「尋ねるまでもないね。だって、姉さんの中では決まってる。おれたちは、姉さんの思うように従うよ」
「うん。かまわないよ」
リオンとルーがビビるわけはない。ついでにためらいや不安もない。
むしろワクワクどきどきしているようだ。
「その依頼、引き受けます」
依頼料のことなどすっかり忘れ、快諾した。