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第12話談判無事終了

「いまさらだが、用件は?」


 ローテーブル、といっても、わが事務所の中古品とは違って重厚きわまりないものだが、とにかく、それをはさんで向かい合っている。


 サディアスは、そう切り出した。


「あなたのお父様、つまりボスに用があるの。いまさらだけど、お父様は?」


 ほんとうにいまさらだ。


 というか、ボスであるトヴィアス・ラザフォードは朝食にも現れなかった。


 まぁ、ボスともなると夜の付き合いがほとんど。昼頃から一日がスタートするのだろう。


「父は、事実上引退した。もうここにはいない。すっかり老いてしまってね。いまはあるところで静養しているよ」

「まぁ、そうなの」


 彼らの事情などは、どうでもいい。だけど、わたしはおとなだから反応しておいた。


「おれが、父にかわって話を聞こう。いや、聞くまでもないかな? 昨夜のことだろう? うちの者が再起不能になったことじゃないかな?」

「いやだわ。あれは、正当防衛よ。これを見て」


 男物のシャツの袖をめくり、腕を突き出した。


 ナイフや小剣でかすったときの傷。それから、殴られたり掴まれたりしたときの痣がなまなましい。


「彼らは、暴行を働いたの。ナイフや小剣でよ。もちろん、抵抗したわ。ほんとに、困ったわ。こんな可憐で気弱でいたいけで、ついでにキュートなわたしが、とつじょ襲われたんだから」


 腕をひっこめると、手を口に当てて微笑んだ。


 これは、先日の依頼者クララ・ホプキンソンの受け売り、というかパクリである。


「姉さん、嘘はダメだよ」


 リオンの向こう側にちょこんと座っているルーが、謎のダメだしをしてきた。


「嘘じゃないわよ」


 ムッとしてしまった。


「やめないか、ルー。姉さんは、駆け引きをしているんだ。嘘も方便っていうだろう?」

「ああ、なるほど。ごめんなさい、姉さん。どうぞ、嘘を続けて駆け引きをしてよ」

「ちょっ、だまりなさい、あなたたち」


 おもわず怒鳴ってしまった。


 リオンとルーはキョトンとしている。


「面白いレディだ」


 そのとき、サディアスが笑いだした。その隣で知的美貌男子も笑っている。


 自分に対する評価が「面白い」というのは、なにか間違っている気がする。


 だけど、まあいい。


 美しいのとか可愛いに囲まれ、目の保養になっているから。


 ということにしておく。 


 そう考えた瞬間、自分のことが可笑しくて笑ってしまった。


 リオンとルーも笑っている。


 これまで、ガキにたいして、もとい子どもにたいしてまったく興味がなかったわたしだけど、彼らの笑顔にはほんとうに癒されるし、心があたたかくなる。


「きみは、クララから聞いていた通りだ」


 サディアスが言った。まだ笑っている。知的美貌男子もまだ笑っている。


 笑うことはいいことだ。何よりの薬になるし、元気の源にもなる。生きる気力にもつながる。


 が、笑いが引っ込んだ。


 サディアスの形のいい口から、想定外の名前が飛び出したからだ。


「クララ? それってホプキンソン大公家の大公女よね? もしかして、知り合いなの?」


 美男美女という点では、お似合いのカップル、あるいは親友どうしになるだろう。しかし、大公家のお嬢様とマフィアの息子という点においてはタブーな関係。


 じつは、禁断の恋人どうし、なんていうのは、書物や劇など創作の世界だけの話だ。


「幼馴染さ。このジャック・マクレガンもね」


 サディアスは、知的美貌男子を視線で示した。


 このときになってやっと、知的美貌男子の名がジャック・マクレガンだと知れた。


(っていうか、マクレガンって、あのマクレガン公爵家?)


 心の中で驚いた。


 もちろん、ポーカーフェイスは保っている。


「ジャックは、母方の従兄弟でね。彼は、マクレガン公爵家の三男坊さ。おれは、生れてすぐに預けられたというわけ。だから、ジャックとは従兄弟というよりかは兄弟といった方がいい」

「なるほど」


 こんな事情もどうでもいいけれど、機嫌よく身の上話をしているサディアスの邪魔をするのは空気が読めなさすぎるだろう。


 それに、このあとの話が気になる。だから、付き合うことにした。


 しかし、これがもしも身の上話だけで終わったら、ひと暴れしたくなるだろう。


「だからクララとも付き合いがあるというわけだ。そのクララから、きみの話を聞いてね。興味がわいたところだった。まさかそのきみがここに乗り込んでくるとはね」


 サディアスは、クスリと笑った。


「クスリ」笑いがここまで似合う男はいないだろう。


「そして、きみとこうして接してみて、ますます興味がわいたよ。クララの言った通りだったし、クララが相談するにふさわしい人だとも思った」

「いまのは、褒め言葉かしら?」

「もちろん」

「ありがとう、と言っておくわね。だけど、クララがわたしに相談?」


 そこまで言って、先日のクララの別れ際ことを思い出した。


「そういえば、そんなことを言っていたわね」

「くわしくは、彼女から聞いて欲しい。おれからは、彼女たちに力を貸してやって欲しい、ということだ」

「どういうことか、さっぱりわからないわ」

「すぐにわかるさ。おれも表立っては協力できないが、できるだけ力になるつもりだ」

「なにかわからないけれど、とにかく公女様の話を聞けということね」

「ああ。それときみの用件だが、兄も静養することになるだろう。だから、きみがここに来た本来の目的は果たせたことになる。ラザフォード家の名とおれの名誉に誓って、彼女や彼女にまつわる人たちはぜったいに手をださせない。たとえ神であってもね。それから、きみたちもだ」


 彼女とは、わたしの依頼人の娘であることはいうまでもない。


「そうしてくれるとありがたいわ」


 話は終わりだ。


 サッと立ち上がった。


 リオンとルーもならって立ち上がった。


「朝食、ごちそうさま。美味しかったわ。サディアス、ジャック。会えてよかったわ」


 レディならば、スカートの裾を持ち上げ可愛らしく微笑んだだろう。


 あいにく、男物のシャツにズボンではそれができない。


 軽く頭を下げ、不敵な笑みを残して居間をあとにした。


「さっ、家探しとあなたたちの服を買いに行きましょう」


 強面たちに見送られつつ、少年たちに言った。

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