第10話クズ野郎と美貌男子たち
トヴィアス・ラザフォードは、王都にある東西南北四つの地区の東地区を縄張りにしているマフィアのボスである。
四つの組織のボスの祖先たちは、このモート王国の建国に尽力し、いまなおその影響力はおおきい。実際、その権力や財力は、貴族さえ凌ぐといわれている。
代々のボスたちは、他の三つの組織を潰す、あるいは吸収するためにあらゆる手段をめぐらせ、実行に移している。
ラザフォード家の屋敷は、さしておおきくも派手でもない。しかし、堅気には近寄りがたい雰囲気がある。
他のマフィアの襲撃に備え、多くの手下たちが警備にあたっている。
わたしたちは、正々堂々と訪れた。つまり、正門の前に立ったのだ。
「なんだ?」
「ここは、ガキどもの遊び場じゃないぞ」
「めざわりなガキどもめっ、失せやがれ」
ザコどもがワラワラと集まってきた。
彼らにしてみれば、リオンとルーだけでなくわたしまでガキになるらしい。
「姉さん、うれしそうだね」
ルーは、わたしを見上げてニコニコ笑っている。
「それはそうよ」
ガキに見えたことがうれしい、というわけではない。
「ルー。ザコどもには、たとえおばあちゃんでもガキに見えるんだ。ああいう連中のきまり文句さ」
「そんなことないわよ」
リオンの冷静な分析に、ちょっとだけムッとした。
「おいっ、聞いているのかっ?」
こういう連中は、ガマンというものを知らない。
餌を前にしても待てるだけ、まだペットの方が偉い。
「うるさいわね。弟たちとのコミュニケーションを邪魔しないでちょうだい」
自分で訪ねてきたのに、家族とのコミュニケーションもなにもあったものじゃない。
自分で自分にツッコみそうになった。
「ちんちくりんども、やはり来たな」
ザコども越しに、クズ野郎がやって来るのが見えた。
その隣には、めちゃくちゃおおきな男を連れている。
そいつと挨拶のハグでもしようものなら、体中の骨が折れるだろう。
「おい、バカの木偶の棒。あのちんちくりんどもを可愛がってやれ。脳みそが欠如しているおまえでも、メスとヤルことくらいはできるだろう?」
クズ野郎は、やはりクズ野郎だった。
先夜は見逃してやったが、これ以上耐えられそうにない。
なにより、人を人として扱わないところが許せない。
目の前にそびえ立つ巨漢は、まるでわたしのようだ。
クズ野郎にどれだけ蔑まれ、虐げられてもそれが当たり前だと、運命だと信じているのだ。
(人として扱われていないですって?)
そのとき、自分がちゃんとした人ではないことを思い出した。
「姉さん」
リオンの声で我に返ったときには、巨漢のおおきな手のひらがすぐ目の前に迫っていた。
反射的に目を閉じてしまったのは、当然のこと。というか、目を閉じることしか出来なかった。自分の手で防御するとか、飛び退って避けるとか、そんなことを考える暇もなかった。
が、いつまで経っても痛くもかゆくもない。
恐る恐る目を開けてみた。
なんと、ルーが巨漢のおおきな拳を握っているではないか。
無表情だった巨漢の目が見開かれた。
いままで、クズ野郎の命令のまま気の毒なだれかを潰したり蹴り飛ばしたり殴り飛ばすことしかしてこなかったのだろう。
『こんなことは初めてだ』
彼の驚愕の表情は、そう物語っている。
「なにをしている、バカッ! ガキと遊んでいる場合かっ! いまから女を漁りに行くんだ。さっさと殺ってしまえ」
クズ野郎がバカみたいに怒鳴った。
手下どもでさえこれまでありえなかった事態に動揺しているのに、クズ野郎はまったく気がついていないようだ。
「このおじさん、殺っていいの?」
ルーが無邪気に尋ねてきた。
満面の笑みで。しかも、巨漢が振りほどこうとする拳を握りしめたまま。
「ルー、殺っていいだなんて下品な言い方よ。そんな言い方は、クズがするものなの。それに人道的にも倫理的にも、他人を殺ってはいけないわ。それから、お腹がペコペコなの。さっさと用事をすませましょう」
「うん。わかったよ」
ルーは素直だ。なにより、可愛すぎる。
もっとも、強すぎるけど。
「おじさん。姉さんが食いしん坊でよかったね」
ルーは、笑顔のまま巨漢を投げ飛ばした。いとも簡単にである。
巨体は、弧を描いて宙を舞った。そして、当然落下した。
「ギャッ!」
尻尾を踏まれた猫のような声をだしたのは、クズ野郎だ。
飛んできた巨漢の下敷きになるなんて、不運でしかない。
もっとも、ルーがそうなるように巨漢を投げ飛ばしたんだけど。
おもいっきり笑ってしまった。
そこへ、ちょっとはまともな男たちがやってきた。
あくまでも外見は、だけど。
ふたりともシワひとつないダークスーツに身を包み、靴もピカピカ光っている。
朝一番からこの恰好に仕上げるのに、いったい何時に起きたんだろう。
素朴な疑問を抱いた。
とはいえ、ここにいるということは、幹部のひとりに違いない。
ひとりは野性的な美貌で、もうひとりは知的な美貌。知的な美貌というのは、メガネをかけているからそう見えるというわけ。
(騒動がおさまってから現れるなんて……)
美貌男子たちは、たったいままで高みの見物にしゃれこんでいたわけだ。
「これはこれは、美しいレディと可愛い子どもたちだ。ようこそ、と言いたいところだが、そちらはさっさと用件をすませたいようだ。いまから朝食だが、一緒にどうだい? あっ、これは失礼。おれは、サディアス・ラザフォード。ラザフォード家の次男だ」
野性的な美貌は、にこやかに言った。