わらわの好みのタイプは暗殺者じゃ
トゥアハナン王国は現在世界で最も注目されている国だ。
何故か?
大国ということもあるが、王が一四歳でしかも女性だからだ。
年若の女王と聞くと、傀儡なのか王が早死にしたのか、あるいは王国自体が末期なのかと思うかもしれない。
しかしそれらはいずれも正しくない。
トゥアハナン王国は前王が健在で、しかも女王親政なのだから。
女王の名はハイネシアと言う。
トゥアハナン始まって以来の天才と呼ばれ、カリスマ性も備えていた。
が、年若のため舐められることもある。
即位直後に隣国ザラフ王国が攻めてきた。
「だからわらわの即位はまだ早いと言うたのじゃ!」
「だ、だってハイネシアは優秀だから……」
「父上でもわらわのことは陛下と呼べい!」
「ひい!」
高官を前に会議を開く。
「まあザラフの思惑なぞ知れておる。国境のズールル鉱山にスケベ心があるのじゃろ?」
「御意」
「我が国にとっては所持していても大して旨みのない鉱山ではありますが……」
「そのままではな。しかしここを占拠するとするじゃろ?」
会議に列席した高官達は驚愕した。
姫陛下ハイネシアの指差した一点は、ザラフ王国領内でも重要な港湾都市ナルファだったからだ。
ズールル鉱山の争奪戦ではないのか?
「鉱山を守備する旨を大々的に喧伝する。するとザラフもズールル鉱山に兵を向けるじゃろ? そこで電撃的にナルファを落としてしまえ」
「な、なるほど!」
「ザラフにとってナルファとズールル鉱山とでは重要度が天と地です。鉱山に向かったザラフ軍は、当然大慌てでナルファを救おうとするでしょうな」
「常識で考えて間に合うわけなかろ。ナルファを落としたら守備は少しでいいからの。主力はザラフ軍の進撃経路に伏せて横撃を加えよ。それで勝ちじゃ。将軍、可能じゃな?」
「はっ!」
「ナルファで狼藉は絶対に許さぬぞ。我が国にとって重要な貿易港になるからの。ナルファがあれば、ズールル鉱山も輸出や工業で生きるのじゃ。それから念のため父上母上を友好使節として各国を回らせておくからの。将軍は国の守りのことは心配せずともよいぞ」
高官達は姫陛下ハイネシアの機略と視野の広さに感服した。
対ザラフ戦がトゥアハナンの圧倒的大勝利に終わると、各国の見る目が変わる。
トゥアハナンの姫王は侮れぬどころか強か者ではないか、と。
また別のある点が注目されるようになった。
すなわちハイネシアの王配が誰になるか、だ。
◇
――――――――――ハイネシア視点。
「ハイネシア、婚約については考えないといけないよ」
「陛下と呼べと言っておるじゃろうが!」
「ひい……」
まったく父上はわらわに王位を押しつけておいて何を言っているのじゃ!
おかげで令息と知り合う機会もないではないか……ということはないのじゃが。
母上が聞いてくる。
「学院で適当な殿方はおりませんの?」
「いなくもないのじゃが……わらわの魔力は高いじゃろう?」
「ああ」
わらわがカリスマと評価される理由の一つではある。
しかし感情とともに魔力が漏れて、相手を威圧してしまうのじゃ。
「もっとも特にこれはという出会いはないの。顔が奇麗な令息はおる。成績の良い令息も剣が達者な令息もおるが、いずれも使えんと言わざるを得ん」
父上母上がガッカリしておるが、仕方ないじゃろ。
父上でさえわらわの威圧には『ひい』と悲鳴を上げるではないか。
それなりに修羅場を潜っている者でないと耐えられぬのじゃ。
わらわと年回りの合う令息にそこまでの胆力を求めるのは酷というもの。
「ねえ、あなた。やはりハイネシアを王にするのは早過ぎたのでは?」
「だってわしが王であるより、よほど国民のためになるのだもん。威厳があって王らしいのだもん」
「わかりますけれども」
しかし王という責任がわらわの肩にのしかかり、威圧が余計に強くなってしまったわ。
高官どもはトゥアハナンの王に相応しい貫禄と称えるが、出会いについては深刻な問題じゃわ。
まあ令息どもの今後の成長に期待するしかないの。
はあ。
「ちなみに陛下はどんな殿方が好みですの?」
「イケメンじゃの」
「きゃあ。子供なんですから! 殿方の魅力は顔だけではないですよ」
父上と母上の仲がいいのは知っておるわ。
父上がイケメンでないこともな。
王位から降りて時間が増えたから、弟か妹が増えそうな気もするの。
「素敵な方が目の前に現れたら、逃がさないようにするのですよ」
「うむ」
現れるかのお?
甚だ疑問じゃが。
◇
――――――――――その日の夜。
現れた。
母上の話したことは予言だったのじゃろうか?
未来というのはわからぬものよのお。
「お主もそう思わぬか?」
「何がだ。殺せ!」
「わらわから圧力を感じはしないかの?」
「ガンガン感じるわ! この化物め!」
うむ、気に入った。
わらわの全力の威圧を浴びているであろうに、普通に話せるのだもの。
大したものじゃ。
どういうことかって?
わらわの寝所に男が忍び込んできたのじゃ。
とっ捕まえるとわらわより少し年上であろう、なかなかのイケメンじゃ!
大事にせねば。
「お主はザラフ王国の者なのじゃろう?」
「……」
「いや、尋問しようというのではないのじゃ。気楽に話してたもれ」
「は? 騙されんぞ!」
怒った顔もイケメンじゃのう。
簡単に言うとわらわの命を狙ってきたのじゃ。
しかしわらわは寝ている時も感知や結界が効いとるから、暗殺者ごときに後れを取るわけがないじゃろ?
「ザラフが我がトゥアハナン王国を恨む気持ちはわかるぞ? 港町ナルファの割譲と賠償金で苦しかろうからの」
「わかってるんじゃねえか。じゃあ死ね!」
「お主はわらわを恨んでおるのかの?」
「う……依頼されただけだ。お前の殺害をな!」
「そうか。難儀なことじゃのう」
「この魔女めが!」
わらわにここまで反抗した男がおったじゃろうか?
ゾクゾクするのお。
「お主がわらわを殺さねばならぬことは理解した」
「残念ながら未遂に終わったがな」
「決めつけるのは早いのではないか? お主をわらわの近習にするゆえ、いつでも狙ってくるがよいぞ」
「……は?」
ふむふむ、思ったよりいろんな表情を見せてくれるではないか。
お茶目なやつめ。
「わらわはお主を気に入ったから側に置きたい。お主はわらわを殺したいから側にいたい。互いの利益が一致しておるじゃろ?」
「いやいや、おかしいだろ!」
「何がじゃ?」
「大体オレを気に入ったってどういうことだ! 暗殺者だぞ!」
「知っておるぞ。暗殺者とは儲かる商売なのかの?」
「腕が良ければって、そんな話してるんじゃねえんだよ! 気に入ったって何だ!」
「ザラフ人には通じぬのかのう。お主に惚れてしまったということじゃ。夫になってたもれ」
「……は?」
「ルールは決めておこうかの。お主が狙っていいのはわらわの身だけじゃ。他人の命を危険に晒した場合、ザラフは焦土と化す。よいな?」
「ま、待て!」
「ふむ、待とうではないか。何か条件があるかの?」
少々の条件は聞いてもよいぞ。
言うてみい。
ほれほれ。
「……冗談じゃねえんだな? オレはお前を殺そうとしているんだぞ?」
「わらわはそれが可能だとは思っておらんということじゃ。しかしわらわに見えておらん隙があるのやもしれぬ。なればお主の勝ちということもあり得るじゃろう?」
「……ゲームみたいなもんだな」
「男と女のラブゲームじゃ」
「ラブゲームじゃねえ!」
おうおう、生きが良いのお。
実に好みじゃ。
「お主のようなイケメンにハートを狙われているかと思うと、身悶えするのお」
「狙ってるのは心臓だよ!」
「ノリもいい。ほんにわらわの好みじゃ」
ハハッ、ぎゃあぎゃあ囀っておるが、夜はまだ長い。
結界を外してこやつを連れていってもらおうかの。
わらわはもう一寝入りじゃ。
◇
――――――――――一ヶ月後。暗殺者カロム視点。
あの一四歳の女王は本当にわからない。
理解の範囲を超えている。
『ほう、お主はカロムというのか。よい名じゃの』
『一八歳。わらわより四つ上か。それで立派に暗殺者としてやっておるのは大したものじゃ』
『ところでわらわのような年下は好みでないかの?』
一四歳で大国トゥアハナンを切り回し、ザラフを打ち破った女王。
対ザラフ戦の鮮やかな勝利で、姫王は各国から注目されている。
特にザラフは恨み骨髄だ。
オレを雇い、暗殺者として送り込んだ。
どういうわけだか姫王の警備が薄い。
楽勝じゃねえかと思ったのは大きな間違いだった。
想像以上の魔法の使い手で、あっけなく捕まっちまった。
女王はのんびりした口調でオレを口説きにかかった。
最初は大いに警戒していた。
どうせオレから必要な情報を得たいのだろうと。
……所詮雇われ者のオレが、重要な情報を持っているはずなどなかったが。
しかし女王は特にきな臭いことを聞いてこない。
また女王に仕える他の者も、全くオレを警戒しようとしない。
いや、オレだって暗殺者だ。
自分に向けられる悪意くらいはわかる。
誰からも女王のお気に入りくらいにしか思われていないのだ。
もちろん何回か暗殺を仕掛けてみた。
物理も毒も通じない。
オレは使えないが、おそらく魔法も効果がないのだろう。
周りの人間を巻き込むことを禁止されている以上、もう他に手段がない。
どうなっているんだ、まったく。
この見かけは可愛いが化物の女王を殺すことは諦めた。
となるとオレにできることは、女王とトゥアハナンに関する情報収集だ。
女王に近侍するという立場は都合がいい。
しかし……。
『軍人は多くなくてよいのじゃ。戦争などロクなものではないからの。ああ、精強でなくていいという意味ではないから、将軍の手腕に期待しておるぞ』
『ナルファと連絡する街道を整備したいのう。せっかくの港が泣いておるわ』
『ザラフ王国から人が流入している? 受け入れよ受け入れよ。開拓民局に回せ。農業・土木・魔物狩りに従事するならば、五年間は税を免除でいいからの』
まともだ。
トゥアハナンの姫王は悪魔か妖魅の類だと聞いていたのに。
ザラフ人など奴隷も同様の扱いという話は何だったんだ。
率直に聞いてみた。
「人民に罪はないぞよ。出身がどこであろうと、平等じゃ」
「先の戦争は鉱山の所属争いだと聞いたんだ。それなのにいきなりナルファを奪ったトゥアハナンは横暴だと」
「ふむ。わらわは戦を好まぬ。しかしトゥアハナンの女王として、なるべく犠牲を少なく、利を多くせねばならぬ。言い方を変えれば、我が軍の兵士一人当たりの命の対価を高く要求せねばならぬ」
「……ナルファ侵攻はその結果だと?」
「初めに攻めてきたのはザラフじゃからの。ナルファ侵攻はザラフの思惑とは異なるじゃろうが、そうそう思い通りにさせるわけにはまいらぬ」
「……トゥアハナンの民を守る責任があるから?」
「さよう。わらわはどこの誰ぞが攻めてこようと、最大限の対価を支払わせる。それが王としての責務であり、ひいては平和への道であると信じておる」
そうだ。
オレに女王暗殺を命じたザラフの指導者層はどうだった?
トゥアハナンと女王に悪態を吐くばかりで、自ら責任を取ろうとしなかった。
どちらが明晰か、どちらが潔いかと言われれば……。
「イケメンの悩む姿は萌えるのお」
「そういうことを言わなければいいのに」
◇
――――――――――さらに一ヶ月後。ハイネシア視点。
カロムも大分我が国に慣れてきたようじゃ。
というか、わらわの考えに慣らしておる。
教養はどうか知らぬが、カロムの地頭は良い。
教育のし甲斐があるのお。
「女王はどうしてオレを優遇するんだ?」
「気に入っておるからじゃ。ゆくゆくはわらわの夫にと考えておる」
「はあ? ずっとそれ言ってるが、普通は高位貴族の令息を王配にするものだろう?」
「らしいの。しかし揃いも揃って役立たずであるからの。お主がいいのじゃ」
運命の出会いの日から同じことを言っておるのに、何を躊躇しておるのじゃろうな?
所謂逆玉であろう?
「カロムはわらわのことは嫌いか?」
「……そんなことねえよ」
ハハッ、そっぽを向いておるが、耳が赤いわ。
かなりわらわを気にしてきた証拠じゃろう。
もう一息じゃな。
「……オレは孤児なんだ」
「ふむ」
「親父代わりのオッサンが、ナルファ戦役で死んだ。町を守ろうとしたんだ」
「立派な男であるの。尊敬し、謹んで冥福を祈る」
「女王はオレの仇なんだ。でも……」
刺さるのお。
しかし些事として忘れねばならぬ。
わらわは国民に対して責任のある、トゥアハナンの女王じゃからの。
「ここへ来るまでにナルファへも寄った。葬式みたいに町全体が沈んでいるかと思ったんだ。すごく活気があってビックリした」
「住民は生きていかねばならぬ。そして住民に罪はない」
「女王のスタンスはわかる。でも裏切られた気がしたんだ。オッサンはナルファを守ろうとしたのに……」
「カロム」
残酷じゃろうか?
「人それぞれに考えがあり、正義があり、守るべきものがある。お主の義父殿はザラフの方針とナルファに殉じた」
「……無駄死にだったろうか?」
「無駄などということがあろうか。カロムは義父殿を立派な男と思うておるじゃろ?」
「もちろんだ」
「義父殿はカロムの心の中で生きておる。お主の地位が上がるにつれ、義父殿も誉れというものじゃ」
こんな言い方は卑怯じゃろうか?
しかし無駄死にと決めつけられては浮かばれぬわ。
結果が正しくあらねばならぬのは、わらわのような国主だけでたくさんじゃ。
「オレの地位、か」
「そこでわらわの王配はどうじゃ?」
「何でオレに拘る……っ!」
突然胡乱な男が現れ、カロムがわらわを庇うように立ち塞がった。
キュンと来るのお。
「な、何だ? 急に泡を吹いて倒れたぞ?」
「大方暗殺者じゃろ。しかしカロムよりうんと格下じゃぞ。少々威圧してやったら大人しくなったわいの」
「ええ?」
「これ。こやつを縛り上げて牢に放り込んでおけ」
「「はっ!」」
カロムが呆然としておるな。
「……女王の警備態勢がなってないんじゃないか?」
「まあの。しかしわらわに警備なぞ必要ないからの。お主もよく知っとるじゃろ?」
「ああ。威圧って何なんだ?」
「今更じゃな。魔力によるプレッシャーじゃ。ちょっと強めに当ててやるとこうなる」
「オレもかなり圧力を感じる。すごいな」
すごいはすごいのじゃろうが……。
「不便なこともあるのじゃ」
「何がだ? 女王みたいな人の上に立つ者が威圧持ちってことは、いいことじゃないか?」
「わらわは魔力が多過ぎるせいで魔力が漏れてしまっていての。常に軽い威圧状態にあるのじゃ」
「ええ? 知らなかった」
「カロムは元々の資質かあるいは暗殺者として修羅場を潜っとるからか、弱い威圧は屁でもないようじゃ。お主のような威圧に対抗できる男は貴重なのじゃぞ?」
「貴重は貴重だろうが……」
まだカロムはピンと来ぬようじゃ。
「わからんかの? わらわと年回りの合う令息がわらわを前にすると萎縮してしまうということじゃ」
「……それが?」
「男性機能においてもじゃ」
「あっ? 揃いも揃って役立たずというのは……」
「文字通りじゃ。揃いも揃ってふにゃちんでは、子などできぬであろう?」
まじまじとわらわを見つめるカロム。
ええい、ここまで言わせたからには責任を取ってもらうぞよ。
「……女王がオレに固執する理由をようやく理解した」
「よし。トゥアハナンではわらわの王権が強いゆえ、特に貴族間の勢力バランスなど考慮せずともよいのじゃ。わらわの隣に立つ男はわらわが認めた男でなければならぬ」
「それがオレか」
「もう逃さぬぞよ。わらわのことはハイネと呼べ」
「ハイネ」
おお、ゾクゾクするのお。
「今までどうも信じられなかったんだ。ハイネはずっと同じことを言っていたのにな」
「すまなかったの。いや、時間が必要だと思ったのじゃ。カロムの心の傷を癒し、わらわを認めさせる時間がの」
威圧を避けるため離れている近侍の者どもも事情を察したか、拍手してくれる。
わらわも恋愛ごとには詳しくないからの。
これから学ばねばならぬ。
「オレの運命は貴女に捧げよう」
「うむ、嬉しいぞよ」
カロムが抱きしめてくれた。
気分が浮き立つのお。
そうじゃ。
「カロムの義父殿となると、わらわにとっても父のようなものじゃの。立派な墓でもこさえるべきかの?」
「……いや、守ろうとしたナルファが今まで以上に栄えれば喜んでくれると思う」
「うむ、任せよ」
初めての共同作業はナルファの梃入れか。
色気のないことではあるの。
カロムと目が合った。
おうおう、いろんな表情を見せると思うたが、そんなに優しい目もできるのじゃの。
これでいい、これでいいのじゃ。
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