ヘタレ冒険者の告白
小鳥の囀りや人の声が微かに聞こえ、目を覚ました。
身体を起き上がらせると、丁度、傍の窓から陽光が差し込んでいたので手を日笠にする。
「――よし……今日こそはやってやる!」
そう自分を鼓舞させ、すぐに支度を始めた。
僕が幼馴染の彼女――イリスと学校を卒業してから三年。
冒険者としてパーティーを組んだ僕とイリスは、遂にAランク冒険者となった。
イリスと過ごした日々は本当に楽しく、充実している。
そんな信頼できる仲間であるイリスに、僕は今日こそ告白する。
そう――僕がイリスに何度も告白をしようとしたのだが……一度も告白できていない。
情けないことに、
『あの……イリス』
『何?』
『実は僕……イリスのこと…………イリスには本当に感謝してるんだ』
このようなことの繰り返しだ。
しかし、今回は違う!
まず、Aランク冒険者昇格の節目。そして、昇格試験が決まってから試行錯誤して完成させた告白の手紙を読み、イリスへのプレゼントにネックレスを贈る。――我ながら名案だと思う。
ここまでしたのだ……。ここまでしたのだから、今日こそは告白できる……はず!
さて、身支度も済ませたところで、机の上に置いて置いたネックレスを――
机の上には何もなかった……。
………………ネックレスがないっ! 奪われたのか!
なぜだ!? この部屋の結界は万全なはず……!
思考を巡らせながら、手掛かりがないか探していると。
ニャ~~
すぐさま鳴き声がした方へ。
「……君の仕業か」
そこには、純白のネックレスを首にかけた黒猫が窓の傍に佇んでいた。
……盗賊にテイムされた猫か? それにしては――
いや、そんなことよりっ、イリスへのプレゼントを奪われてたまるかっ。
僕は警戒されないようゆっくり歩き、黒猫に近づく。
だが――
「なっ!」
あと数歩のところで、黒猫は窓を飛び出した。
「くっ……仕方ない」
敵への対処を考え帯剣すると、急ぎ窓を飛び降りて黒猫を追いかけた。
30メートルほど先に黒猫が見える。幸い、まだ人通りは少ないみたいだ。
少しずつ、黒猫の後ろ姿が大きくなっていく。
よし、これなら追いつける!
そう思ったが、黒猫は小路へ入った。
巻くつもりか?
僕も黒猫を追いかけるべく小路へ。
だが直後、怪しい感覚に足を止めた。
「……そう言うことか」
僕の斥候の能力が、数歩先に落とし穴があることを告げている。
足止め……掛かってくれればなおよし、と言ったところか。
そんなことを考えながら、僕は壁を蹴るようにして落とし穴を越えた。
そのまま角を曲がるが――黒猫が見当たらない。巻かれたか。
斥候の追跡スキルを用い黒猫を追いかける。
――あの落とし穴……僕に対する罠にしてはお粗末だ。それに、小路とは言え他の人が罠に掛かってもおかしくはない。
そして――あの黒猫。
なぜ、僕が起きている時にネックレスを持ち出した?
鳴き声をしていた上、僕が捕えようと近づくまで悠長に佇んでいたのだから、むしろ気付かれるのを待っていたように思える。
罠か? ……いや、違う。結界を通り抜けるような手練れなら、直接奪いに行くなり寝首を搔くなりできるはず。
なら、どうして……?
そんな疑念を胸に抱き、黒猫が逃げたであろう方向へ向かった。
追跡すること暫し。
「――よし、見つけた」
ネックレスを首に提げた黒猫の姿を捉え、僕は気配を殺しながら黒猫へ近づいていく。
辿り着いたのは、街の北端に位置する広い高台。その中央にあるダイヤを模った噴水は、100年ほど前に世界を救った勇者の結婚祝いに建てられたもので、恋愛スポットとして有名だ。
――いや、待て。おかしい。
流石の名所でも、朝早くから人はいないようだが……罠を仕掛けるにしてはここはリスキーだ。
その上、あの黒猫――噴水前のベンチで日向ぼっこしている。『ここにいますよ』と周りに言っているようなものだ。更に、盗み出すタイミング、猫の立ち居振る舞い…………
黒猫に近づきながら、考えを巡らすと――
……! もしかして……
と、黒猫まで数メートルと言ったところで、
ニャ~~
黒猫はこちらに視線を向け、体を起き上がらせる。
捕まえておきたかったが……気付かれたか。
さて……どうで――
「――うおっ!」
黒猫が僕の胸に飛び込んできたので受け止めた。
敵意があれば避けていたが……今の表情はむしろ逆だ。
人懐っこい……いや、違うか。
黒猫からネックレスを外しながら、近づいてくる足音の主へ意識を向けた。
テイムが解けたのか、黒猫は驚いたようにその場を走り去る。
「おはよう、ジル」
聞き馴染みのある女性の声に僕は振り向く。
「やっぱり、イリスの仕業か」
最初から勘づいていなかったわけではないが、そんなことする理由がないと、可能性から除外していた。だが逆に、こんな自滅行為をする泥棒もいないのだ。
彼女なら魔法で他人を巻き込まないように罠を張ることも可能だし、一緒に冒険している仲間なので、そもそも結界の対象外だ。
「その……ごめんね。ちょっと、意地悪が過ぎたかな」
罰が悪そうに彼女は言った。
「……正直ハラハラしたけど、まあ、反省してるならいいよ」
「ありがとう」
彼女は安堵したように顔を緩ませた。
「それで、どうしてこんなことを?」
僕の問いに、イリスは微笑みながら逆に問う。
「ジル、何か私に言いたいことはない?」
「言いたいことって?」
「ヒントはね……この状況だよ」
「この状況?」
黒猫からイリスへの贈り物――ネックレスを取り戻し、恋愛スポットでイリスと対面――
………………。
――そうか、そう言うことか。
イリスの目的はきっと――
僕の心中を察したのか、もう一度、彼女は問う。
「ジル、何か言いたいことはない?」
ヘタレな僕に、彼女はこの状況を用意してくれたのだ。
もう、逃げる理由はない。逃げたくない。
覚悟を決めるように息を吐くと、僕は彼女へ告げる。
「――僕は、イリスのことが好きです――」
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