第7話
それからというもの、私とジョージは必要以上に会話をしなくなってしまった。
「ジョージ、シーメンス伯爵がお見えよ」
「あぁ、分かった。出かけてくるから、キキ、すまないが、ここの計算を確認していてもらえるか?」
「ええ、分かったわ。いってらっしゃい」
玄関ホールまで見送りにも行かなくなった私をジョージは別に変だとは思っていない様だ。私達はいつの間に、こんな形式ばった会話しか出来なくなってしまったのだろう。
あれからグラディスさんとは二、三回お茶を共にした。……とはいえ、二人きりではなく、そこにはパメラやジョージがいつも一緒だった。
しかし、その話題といえば、昔話ばかり。
『ほら、あの時三人でかくれんぼしてたのに、パメラがお腹すいたって言い出して……』
『そうそう。僕はずっと隠れたままなのに、誰も探しに来ないまま日没になっちゃったんだよ』
『あの時のジョージったら!本当に泣きそうな顔しちゃってて……!』
私は何故此処にいるのだろう。そんな感情で一杯になる。しかし、ここで立ち上がれば私は拗ねているとでも思われるのだろう。
しかしその中でも一番私が『無』になる時間がある。
「あの時……ジョージの手を取れば良かった」
「いや……それは……」
ジョージが私の顔をチラリと見る。きっと聞かれたくない話なのだろう。
私は少し腰を上げる。もう此処に居るのが苦痛だ。
「え?キルステンさん、どうしたの?まだお茶は残ってるわ」
「明日予定があるので、その準備を……」
半分本当、半分嘘だ。予定があるのは嘘ではないが、準備なんてとっくに出来ている。
「準備なんてそんなもの、私が帰ってからになさったら?客の前で失礼よ?」
グラディスさんの言葉に、私は少し浮かせたお尻を、また長椅子へと下ろした。
そしてまた、私はジョージとグラディスさんが昔どれだけ想い合っていたのかを聞かされるのだった。
「ちょっとグラディスには此処に来るのを控える様に言ったよ。君も忙しいのに彼女の相手は大変だろう?」
最近の自分があまりにも酷いことを自覚したのか、ジョージが突如そう言った。
「そう………」
しかし沈んだ私の心はその言葉にも浮上する事はない。まるで私の事を思ってやった事だと言わんばかりのジョージにもがっかりした。
だけど、もう……今更だ。
ジョージは私に悪いと思いながらも、グラディスさんが来るのを待ち望んでいる事が、私にも分かっていた。
初恋とはそんなに特別なものなのだろうか。
女性は恋を上書きするが、男性は別々に仕舞い込む。別々に仕舞い込まれたその恋する気持ちは、いつでも取り出す事が可能という訳だ。
ジョージとの間に見えない壁を感じ始めていたある日、彼が興奮気味に私に言った。
「公爵の社交倶楽部に招待されたんだ!」
「まぁ……それは凄いわね」
『パトリック公爵の社交倶楽部』
お茶会が女性の社交場なら、社交倶楽部は男性の社交場だ。
中でもパトリック公爵の社交倶楽部は伯爵位以上の当主しか入れず、それも誰かの招待がないと入れない。
伯爵位以上と謳ってはいるが、伯爵の中でもそこに入れる当主はほんの一握り。
貴族にとって憧れの社交倶楽部。それがパトリック公爵の社交倶楽部だった。
「いや~シーメンス伯爵との共同事業について訊いてみたいってパトリック公爵が直々に声を掛けて下さったんだ!これで僕も一流の仲間入りだ!」
「良かったわね。ずっと憧れてるって言ってたものね」
子どもの様に興奮する、ジョージに私も笑みが溢れた。
「……やっと、笑ってくれた」
急にジョージがそう私に言った。
「ジョージ……?」
さっきまでの子どもみたいにはしゃいだジョージではなく、いつになく真剣な顔のジョージに私は少し困惑した。
ジョージは私に近寄ると、私の頬をそっと撫でた。
「最近、ずっとキキが塞ぎ込んでいる様に見えたから」
「……そう?疲れていたのかしら?」
私はそう誤魔化した。
「僕が今、大切に思っているのは君だよ。忘れないで」
『今』ね。じゃあ過去は?なんて訊くのは野暮よね。せっかくジョージが私に歩み寄ってくれたんだもの。
「分かっているわ。だって私達は家族だもの」
「そうだ。僕は君と結婚出来て本当に幸せだよ」
その言葉にほんの少し心がざわついた。少し前にグラディスさんには『貴女なんかより私と結婚したかったと言っていた』と言われた事が頭を過る。私はそれをグッと抑え込んで。
「私も幸せよ」
と笑って答えた。
その日の夜、ジョージはウキウキしながら社交倶楽部へ出かけて行った。
「奥様、先にお休みになっては如何ですか?きっと旦那様のお帰りは遅くなると思いますよ」
社交倶楽部はお酒を飲みながら、当主達が情報交換する場。
「そうねぇ……。待っていてもいつになるか分からないし。先に休ませて貰うわ」
執事はウンウンと頷いて、
「旦那様は私がお出迎えいたしますので、ご安心下さい」
と笑顔で言った。