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第51話

「今日は教会の視察です」


「……イライジャ、いい加減言葉遣いを直してくれないかしら」


「つい……くせで」


馬車の中で、私は苦笑した。結婚したのに、気を抜くと執事時代の言葉遣いに戻るイライジャに何度同じ言葉を言っただろう。


エクシリアに来てもうすぐ半年になる。サミュエルは上手く領地経営と学園生活を両立させているらしい。

そういえば、サミュエルが当主を継いだという事をイライジャが何故知っていたのか尋ねた事がある。彼は口籠りながらも『アンソニー先生に……』とスパイの正体を白状した。マシュー様の事はハッタリだった様だが、相変わらず色々と見透かしている様な言動が多い。……不思議だ。


ジュディーはエクシリアに来る事を最初嫌がったが、犬をプレゼントするよというイライジャの言葉に全てを許してくれた。


ジュディーはイライジャの事を覚えていなかった。一歳だったジュディーに覚えておけというのは酷な話だ。

しかし、何故か彼が父親になる事をすんなりと受け入れた。赤ん坊の頃に刷り込まれた何かが彼女の中に温かい種を撒いていた様で、ジュディーは直ぐ様イライジャを『お父様』呼んでいた。ちなみに呼ばれたイライジャはメロメロで溶けそうな顔をしていたが。


「この国の福祉は充実してるわね。アンドレイニ伯爵領でも見習わなきゃ」


「そうやって、すぐにアンドレイニ伯爵の顔に戻ってしまうね。……これも君の悪い癖かもしれない。少しはサミュエル殿に任せるべきだよ」


「フフフッ。分かってはいるのだけどね。お互い直さなきゃならないところがたくさんあるわ」


「どうせ一生側に居るんだ。……ゆっくりで良いよ」


「そうね」


私達はお互いが隣に居る幸せを噛み締めていた。会えなかった六年を埋める様に、そしてそれまでの日々を彷彿とさせる様に、私達は片時も離れる事は無かった。

そこにジュディーが加わると、途端に賑やかになる。ジュディーとイライジャに血の繋がりはなくても、そこには家族の形があった。



「教会の敷地内で今日は炊き出しがあるんだ。依然貧困問題は全て解決とはいかない。……難しいよ」


「この国の失業率を下げる事が当面の目標ね。でもこの国にはホームレスはほとんど居ない。それだけでも素晴らしい事よ。それにこの炊き出しだって……。飢えは人を孤独にさせるわ。そこに救いの手を差し伸べる事も我々の仕事ね」


国単位で物事を考える。アンドレイニ伯爵領では考えた事もなかった法の整備に着手しているイライジャの瞳はとても真っ直ぐだ。私もその手伝いが出来れば良い。二人三脚……ずっと一緒に。



私達は教会を視察。孤児院や貧困者達に手を差し伸べる要となる場所だ。国としても何とか援助を増やしたい。

司祭との面談を終え馬車に戻る際、炊き出しの列をチラリと見た。


「あれ……は?」


そこに見覚えのある真っ赤な長い髪の女性を見た気がした。


「どうした?」

イライジャが馬車の前で私を待っている。


「いえ……古い知り合いかと思ったのだけれど……そんな筈はないわ」


私はそう言ってイライジャの手を取ると、馬車へと乗り込んだ。しかし、馬車の中からでもその女性を目で追ってしまう。……古びたワンピースにボザボサに絡まった赤い髪。……まさかね。


「これからビアンカの見舞いにでも行くか」

イライジャが隣の私に話しかけた。同時に馬車はゆっくりと出発する。


「そうね。ビアンカさんの好きな果物を買って行きましょう」

私は笑顔で答える。もう一度馬車の窓から教会の方を眺めたが、あの女性の姿はもうすでに見えなくなっていた。



私はもう一度イライジャの方へと顔を向けた。こちらを見ていた彼と目が合う。


「何?どうかした?」


イライジャは私の頬に手を伸ばすと、


「私の幸せが手を伸ばせばすぐ側にある事が嬉しくて」

と世界一幸せそうに微笑んだ。



             ーFinー





これで「夫の心に住んでいるのは私以外の女性でした ~さよならは私からいたしますのでご安心下さい~」は完結となります。最後までお付き合いいただきました読者の皆様に心より感謝申し上げます。また、次の作品でお会い出来る事を楽しみにしております。   初瀬 叶

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