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第45話


「面会を許可して下さりありがとうございます。エクシリア王国、宰相のローガンと申します」


「はじめましてキルステン・アンドレイニです。それと……」


私は隣のイライジャを見る。イライジャの顔は怒りとも悲しみともとれる表情だが、口は真一文字に結ばれたまま。挨拶すらする気もないようだ。


「イライジャ様……!よくご無事で」


宰相がイライジャに縋りつきそうに前のめりに近付いて来たのを、イライジャは手をパッと振り払う仕草で、拒絶した。


「今さら何だ?私はもう関係ない」


「イライジャ、話を聞く約束でしょう?ローガン様、どうぞお座りください」


私は椅子を指し示す。エクシリアからの使者は五人。この応接室には二人の男性が入室していた。


「それでは失礼して……この男はクロウ。私の部下です。まずはこの機会に感謝いたします。王太后からの書状は確認していただけましたでしょうか?」


「はい。一応は。ただ、どういった経緯なのか……それをお教えいただけますか?何故、イライジャを捜していたのか」


私は真実を知るのが怖いという気持ちを押し殺し、目の前のエクシリアからの使者に尋ねた。

隣のイライジャからは無言ながらに圧の様なものを感じる。イライジャは全身に拒絶という感情を纏っている様だった。


ローガンと名乗った男性は、ここまでの経緯を話し始めた。


「革命により、我が国の王政が崩壊した事はご存知でしたか?」


「恥ずかしながら、最近知りました」


「いえ、当然です。我が国エクシリアは小さな島国。この国とも交流はほとんどありませんから。その革命時、王宮に軍隊が侵入し、ほとんどの王族は捕まり……処刑されました。しかし……その混乱の中逃げ出せた方々がおりました。第四王子であったラッセル様と、第五王子であったセルジオ様。そして……当時離宮でお暮らしだった第七王子の……イライジャ様でございました」


「ふん。私が逃げ出した事など、知らなかっただろう?いや……どうでも良かったと言った方が正しいか?誰も私の事など思い出しもしなかったんじゃないのか?」


イライジャが口を開いた。投げやりな言葉に心が痛む。イライジャはいつも言っていた。父親に無視をされていた……と。


「……そう言われても仕方ありません。あの当時……イライジャ様の存在はあって無いようなものでした。それを今さら後悔しても遅いのは重々承知です。イライジャ様の仰る通り……王宮の者の頭からイライジャ様の存在は抜け落ちておりました」


彼も物事をはっきり言う。この言葉だけでイライジャがエクシリアでどんな扱いを受けていたのか、分かると言うものだ。


「その頭からすっぽりと抜け落ちた者の事など、永遠に思い出してくれなくても良かったんだが?今さら私に何の用だ?」


「軍事政権の長となったのは、あの時マルコムという者でした。彼等には腐敗した貴族政治を崩壊させる狙いはありましたが……その後の事を考えきれていなかったのです。国は混乱に陥り、秩序は乱れ、国民は直ぐに思い知った……王が必要だと」


目的を果たした事で革命軍が満足したのか……それとも頭をすげ替えて、指導者が代わった所でそうそう国は変わらないと国民が気付いたのか……私にはよく分からなかった。


宰相の話は続く。


「国民からは再び王を望む声が。それを知った妃陛下は再び革命を起こすことを決めました」


「王妃は何故処刑されなかったのでしょうか?」


「彼女は他国の姫でした。他国との関係悪化を恐れたマルコムは彼女を幽閉するに留めた。彼女の息子である王太子殿下はあっさりと処刑されましたが。妃陛下は幽閉されながらも少しずつ少しずつ味方を集め、革命の準備を。そこで命からがら逃げ出していた第四王子と第五王子を見つけた……という訳です」


ここでもイライジャの名前は出てこない。彼の生死など誰も気にしていなかった事が窺えた。


「ではそのお二人は今?」


「まず……王政が復権した時、妃陛下はラッセル殿下を王として据えることにしたのですが……」


そこで初めて宰相は言い淀んだ。


「何かあったのですか?」


「セルジオ様は自分を王にと。そこで彼はラッセル様の暗殺を目論んだ。……と同時にラッセル様は逆にセルジオ様を亡き者にして自分の地位を確固としたものにしようとしました」


「……まさか……?!」

私は思わず手で口を覆った。すると、


「アハハハ!お互いに殺し合ったという訳か。馬鹿らしい!行き過ぎた欲は身を滅ぼす……ビアンカの言っていた通りだ」


そう言ったイライジャは自分の言葉に傷ついた様な顔をした。

『ビアンカ』初めて聞く名前だが、私は彼女が何者なのか直ぐに気づいてしまった。


「妃陛下……今は王太后ですが、王族と名乗れる方は彼女しかおりません。しかし……彼女はエクシリア王族の血を引く者ではありません。そこで……」


「やっと私を思い出した……という訳か?二十七年もその存在を無視していたというのに」


私は宰相達をこの屋敷にあげた事も、イライジャにこの話を聞かせた事も既に後悔し始めていた。


あの書状には、イライジャがエクシリアの王子であった事、エクシリアの為にはイライジャの力が必要な事が書かれていた。

イライジャが貴族であった事は既に分かっていたが、王子だったとは夢にも思わなかった。彼の祖国の為、話ぐらいは聞く必要があるかと思ったが、これほどまでに酷い話だとは。


「私は国も身分も全て捨てて此処に居る。エクシリアがどうなろうと知ったことではない。話を聞くという義務は一応果たした。お引き取り願おう、もう話す事はない」


「そのようね」


私とイライジャが椅子から立とうとすると、宰相はイライジャの目をじっと見て言った。


「私達の手の中に『ビアンカ』が居るとしても、そう言えますか?」




宰相達には帰ってもらった。良い返事が貰えるまで何度でも来るという彼等に、イライジャの顔は険しかった。


応接室には私とイライジャだけが残る。イライジャは両手をぎゅっと握ったまま、その拳を見つめていた。


「イライジャ……」


私は彼に何と声をかけるべきなのだろう。何を言っても今は彼を傷つけてしまいそうで怖い。


「……話を……話を聞いてもらえますか?」


イライジャの声が少し震えている。私は彼の硬く握られた拳にそっと手を置いた。


「何でも聞くわ。悲しみも怒りも全てを分かち合いたいの」


『フッ』と大きく息を吐いたイライジャは静かに話し始めた。



「ビアンカは……私の乳母でした。母は側妃の中では身分が低く、他の側妃達から……特に正妃から疎まれていたようです。まぁ……それは父である王に一番の原因があります。あの男は手に入れたら最後、興味をなくします。母もそうだ。子爵令嬢だった母を娶る事を周りに反対されてもどうしても……と望み、私を妊娠させたら興味を失った。母が他の者たちに虐げられていてもまるで無視。母はこのままでは、お腹の子……つまり私にまで危険が及ぶと考えた末、離宮へと引っ込む事を決めました。その時に母の侍女兼私の乳母として一緒に離宮へ来たのがビアンカです」


予想通り、ビアンカという女性は彼の乳母だった。ではどうしてイライジャはその女性と別れ、十歳という年齢で独りで生きる事になったのだろう。


「母が亡くなり、私はビアンカに育てられました。ビアンカも元々は貴族令嬢だったそうです。私はビアンカに勉強も教えて貰いました。私は別にそれで良かった。存在を無視されていても、衣食住は確保出来ていました。そう……生きていられたんです。あの革命が起こるまで」


私は思わずイライジャの手の上に重ねた自分の手に力が入った。


「革命が起き、革命軍が王宮に侵入し火を放った。私達の住む離宮でもその様子を確認する事が出来ました。ビアンカは異常を察知し、私と共に逃げました。しかし……あちらこちらに革命軍が居て……。ビアンカは言ったんです。『この国を捨てるのです。貴方は新しい人生を生きるべきだ』と。彼女は私と洋服を取り替えました。華奢な彼女と子どもにしては大柄な私。寸法は丁度良かった。私は一応王族でしたから、質の良いものを着ていました。万が一のつもりだったんです。私達は国を出る為に港を目指した……そこで……」


イライジャの手が震えているのが分かる。


「ビアンカさんは……貴方を逃がす為に犠牲になったのね」


イライジャは何度か頷いた。顔は俯いていてよく見えないが、声は震えている。


「私は彼女を犠牲にして、船に乗り込みました。荷物に隠れ……国を出た」


そこに至るまでにも、きっと大変な事だっただろう。


「それで隣国に?」


「色んな国を転々として……隣国に辿り着いた時は私が国を出てから三年程経っていました。その間の事は……あまり思い出したくないですね」


口には出せない苦労があったのだろう。しかし、彼はそれを乗り越えた。それはきっとビアンカさんの存在が彼を強くしていたに違いない。


「何度もへこたれそうになりましたが、ビアンカと約束しましたから。『必ず生きる』と。私の命はビアンカの犠牲の上にある。そう思えばどんな辛い事でも耐えられた。そして……旦那様に拾われて、今がある。今の幸せはビアンカのお陰なのです」


気づけば、私の頬を涙が濡らしていた。


「キルステン様が泣く必要は……」


私はイライジャの拳に自分の額を付ける。彼の手がこんなに温かいのは、彼を支え愛してくれたビアンカのお陰だ。



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