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第43話

「宿屋まで送らせました」



「はぁ……。昔から買い物が好きで、いつもガーフィールド伯爵にもお金を借りていたの……いえ、借りていたじゃないわね」

私はため息を吐くと、


「返金された事は無いって事ですね」

とイライジャは頷いた。


「実は……王都に居た時にカフェでグラディスさんとパメラ……カールトン伯爵夫人を見掛けた事があるの。その時たまたま二人の会話が聞こえてきて……グラディスさんにお金を借りている事は分かっていたのだけれど、あんな金額を借りてるなんて」


「サマル伯爵が随分とあの女に金を支払ったとは聞いていました。メリッサ様を手放す条件に払ったお金です」


「メリッサ様には聞かせたくないわ」



ここが子ども部屋ではなかった事にホッとする。


「それで……宿屋は見張りを?」


「もちろん。逃げられてはカールトン伯爵を呼びつける意味がありませんから」


「伯爵は……どの様な決断を下すのでしょうね」


別にパメラがどうなっても構わないが、彼女にも子どもが居る。それを思うと心が痛むが私にはどうしようもない。


「……行き過ぎた欲は身を滅ぼす。私はそう思います」

イライジャの瞳は何故か遠くを見ているようで、私は不安に駆られてしまった。






「本当に申し訳ございません!!お前も頭を下げろ!!」


翌日、カールトン伯爵はパメラを伴い我が屋敷を訪れた。


「な、なんで私が!?」


「お前……どれだけアンドレイニ伯爵に迷惑をかければ気が済むんだ!!」

パメラはカールトン伯爵に頭を押さえつけられ、無理矢理、私に頭を下げる形となった。とても不服そうだが。



「頭を上げて下さい。伯爵もわざわざご足労いただきありがとうございます」


「いえ……自分の妻を管理できなかった私にも責任があります。グラディスには私が金を返します」


「そ、そんな……良いの?」

パメラは目を輝かせる。あっさりと金を返すと言ったカールトン伯爵が許してくれたとでも思っているようだ。


「金は……何とかしよう。人に借りた物は返す。当たり前の事だ」


「スティーブ……ありが……」


「勘違いするな。お前を許した訳では無い。お前とは離縁する」


カールトン伯爵の冷たい眼にパメラは固まった。


「そ……んな。スティーブ、考え直して!!子ども達だって……」


「子ども達は私が育てる。お前に任せてはおけない。考え直す事などあり得ない」


やはりカールトン伯爵は離縁を選んだ。パメラだってこの事が分かればその結末になる事ぐらい、十分理解出来ていたはずだ。


「嫌!嫌よ!」


「嫌?お前にその権利はない。……お前、男娼とも遊んでいたらしいじゃないか。グラディスと共に」



その言葉にパメラは青ざめた。私も驚き言葉をなくす。


「そ……それは……」


「男に入れあげて、随分と貢いでいたらしいじゃないか。その金もグラディスに出させていたんだってな。ジョージもグラディスの男癖が悪い事に気付いていたんだ……気付くのが遅すぎたと後悔していたが」


カールトン伯爵が私をチラリと見る。なるほど、ジョージがグラディスさんと再婚しない理由が分かった気がした。


「ご、ごめんなさい!グラディスに誘われて……!少し魔が差しただけなの!だって貴方が私を顧みてくれなかったから!」


「この期に及んでも、人のせいにするのか……ほとほと呆れたよ。離縁の手続きは進める。君の借金と不貞が原因だ。これならば、誰だって離縁を疑問に思わないだろうよ」


「そんな……そんな……」


パメラは泣き崩れた。何度も何度も『ごめんなさい』と繰り返していたが、カールトン伯爵の決心が変わることは無さそうだ。




ボロボロになったパメラを無理矢理立たせると、カールトン伯爵は言った。


「一応これは連れて帰ります。……アンドレイニ伯爵」


「はい」


「今まで貴女の辛さを見て見ぬふりをしてきた。私も同罪です。申し訳なかった」


「過ぎた事です。全ては時が解決してくれます」


私の言葉にカールトン伯爵はもう一度頭を下げ、パメラを引き摺りながら、玄関ホールを出て行った。



私は遠ざかる馬車を二階の部屋の窓から見ていた。


イライジャも横に並び、外を眺める。


「ガーフィールド伯爵がグラディスさんを選ばなかった理由が分かったわ」


「惚れた男がいるのに……それだけでは満たされないのでしょうか」


「分からないわ。人の心は分からない。予想は出来たとしても。……イライジャ、貴方の言葉よ」


「良く覚えていましたね」


「フフフ。物覚えは良いのよ。……たとえ夫婦であっても所詮は他人。その心までは誰にも分からない」


イライジャは私の手を握ると、片膝を突いた。


「イライジャ?」


「私の心は貴女だけのものだ」


「私の心もよ」


「形には拘らない……本当にそれで良いんですね」


「夫婦という形ですら永遠ではないのよ?私はそれが壊れる様を二回も見たわ。貴方が側に居てくれればそれで良い」


イライジャは私の手の甲に口付ける。


「私も貴女の側を離れません」


そう誓ったあの日。私はそれが約束された私達の未来だと信じて止まなかった。





これからはこの幸せが続く。私もイライジャもそう思っていた。




「そういえば、ノース侯爵から保養地への招待を受けていましたが……返事はどうしましょうか?」


「そうねぇ……多分、ノース侯爵には資金調達の目的があるんでしょうけど……まんまとその誘いに乗ってみようかしら?」


ノース侯爵領は海に面しており、保養地としても人気だ。

ノース侯爵は領地に大規模な貿易港を造り始めた様だが、噂によると計画より随分と金が掛かっており資金繰りが大変らしい。

その資金調達の為、めぼしい貴族に声を掛けているとの話。保養地への招待はその入り口というわけだ。


「確かに貿易港……興味深いですね」


「ここで恩を売っておけば、うちの鉱物の輸出にもきっと有利になるでしょうし……旅行がてら視察といきましょうか。ジュディーにも海を見せてあげたいし」


「そうですね。ちょっとした休暇にもなりそうですから」


「メリッサ様もご一緒出来たら良かったのに」


数日前、メリッサ様はマシュー様と共に隣国へと帰って行った。もう少しこの招待が早ければ、一緒に行けただろうに。


「……サマル伯爵も一緒に行くと言い出しかねませんけど?」


「それなら、皆で行けば良いでしょう?」


そう言った私にイライジャは渋い顔をした。


「……嫌です」


「随分はっきり言うのね」


私がクスクスと笑うと、イライジャは


「素直になっただけです」

と拗ねた様に言った。


こんな些細な事でも幸せに感じる。幸せの物差しは自分の中にある。他人から計られるものではない。


「そういえば、エクシリアが大変だとマシュー様が言っていたわね。不勉強で申し訳ないのだけれど、エクシリアは軍事政権だったの?」


マシュー様の話題が出た事でふと思い出した。しかし、私がそれを口にした途端、イライジャの顔から笑みが消えた。

イライジャが重い口を開く。


「……長く続く腐敗した王政に不満を持った国民が軍隊を支持し、革命が行われました。今から……十七年程前の事です」


「十七年……軍事政権も長くは続かなかったって事ね」



「その様ですね。……しかし……王族の復権……まだ王の血を引く者が残っていたとは……」


「それは……」


「キルステン様の想像通り。王族は全員処刑された……そう聞いていました。私はその頃にはもう国を出ていたので噂程度でしたが」


「そう……だったの」


私はこの時、イライジャの年齢が二十七歳だった事を初めて知った。







「お久しぶりです。ノース侯爵。この度はご招待ありがとうございます」

 

「いやぁ、アンドレイニ伯爵!ようこそおいで下さいました。お元気でしたか?」


「ええ、とても。侯爵もお元気そうで」


ノース侯爵は白髪を綺麗に撫でつけ、同じ色の口髭を蓄えた渋めの美丈夫だ。若い頃はさぞかしモテただろう。


「今日は我が屋敷で晩餐を共にいたしましょう」


「まぁ!よろしいんですの?楽しみですわ」


きっと、半分は仕事の話になるだろう。だけど、私はそれすらもワクワクするほど楽しみだ。


私はいつの間に、こんなに仕事人間になってしまったのか。でも、私はこんな私が今、とても好きだ。





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