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第4話

「ジョージ……グラディスさんって、凄く綺麗な方ね」


二人を見送ってから、何故かジョージは私の顔を見ることもせず執務室に閉じこもっていた。

違和感を感じたが、きっと仕事が忙しいのだと自分を納得させる。


やっと彼と顔を合わせる事が出来たのは夕食の時だった。


「は?あ……あぁ。そうだな。彼女には華がある」


ほんのり頬を染めてジョージはそう言った。

何故貴方が嬉しそうにするの?そんな事は口に出せない……。


「本当に。女の私でも見惚れてしまったわ。サマル伯爵の目に留まるのも無理はな……」


「それを口にするな!」


ダン!!!とジョージの拳がテーブルを打つ。私はその音にもビックリしたが、それよりもジョージがそんな風に声を荒げた事に驚いていた。



周りで給仕をしていた使用人達も肩をピクリと震わせて、驚いた表情で固まってしまった。


「ジョージ……?」


「あ……すまない。しかし……グラディスはサマル伯爵に泣く泣く嫁いだんだ。

彼女はあの時十七で、三十も歳上の男に……。しかも前妻の息子であるマシューは彼女を邪険に扱って、相当虐げていたらしい。グラディスはサマル伯爵家で信じられない程、辛い思いをしたんだ。軽々しくその事に触れて欲しくない。()()()()には」


『他人の君』

私はその言葉に激しく動揺した。他人。確かに私とグラディスさんは他人だ。じゃあ……貴方は何なの?貴方も他人でしょう?そう言いたくなる気持ちを私はグッと我慢した。


「ごめんなさい。事情を知らない私が口を出して。……何だか今日は疲れてしまったわ。先に休みます」


私はナプキンで口を拭くと、直ぐに席を立った。食事はまだ半分程残っていたが、私はこれ以上此処に居たくなかった。


「食事……残してしまってごめんなさい。料理長にもそう言っておいて」

私は近くの給仕に声を掛けると、食堂を後にする。

出て行く私の背中に私の名を呼ぶジョージの戸惑った様な声が聞こえたが、私は振り返る事なく、その場を後にした。


その日、私はジョージの顔を見たくなくて、自室の寝台で床についた。








「ジョージは居ないの……そう、残念だわ」


グラディスさんが我が家を訪ねて来たのは、あれから三日後の事だった。


あの日から、私とジョージは何となくギクシャクしていた。

夫婦の寝室で休んでも会話も少なく、お互い背を向けたまま朝を迎える日が続いている。


……そういえば、このグラディスさんが戻って来たとジョージに報告したあの日から、彼が私に殆ど触れなくなっていた事に改めて気付く。



「ええ。今は新しい事業の為にシーメンス伯爵領へ出かけておりまして」


ここで『明後日には戻ります』と言わなかった私は意地悪なんだろうか?



「シーメンス伯爵領……ね。分かったわ」


てっきりこの言葉の後には『じゃあお邪魔しました。今日は帰るわね』と続くとばかり思っていたのだが、彼女の口から出てきたのはこんな言葉だった。


「ねぇ。私、貴女ともゆっくり話してみたいわ。せっかく来たんだから、私のお茶の相手をして下さる?」






今日も、体に張り付くようなデザインのセクシーで煌びやかなドレスを来たグラディスさんは、私の目の前で優雅にお茶を口にした。


「ふーん……あまり良い茶葉を使っていないのね」


この前パメラに出したローレルスのお茶にしたのだが、彼女の舌はパメラよりは信頼出来る様だった。


「お好みが分からなかったのでポピュラーな物にしたのですが、お口に合いませんか?」


「別に。これでも私は大丈夫よ。きっと大衆受けするお茶なのね……この国では」


グラディスさんは私の目を見てにっこりと笑った。真っ赤な紅を引いた口が艶めかしい。


彼女はカップを置くと徐ろに部屋の中を見渡した。


「……なんだか殺風景な部屋ね。昔からガーフィールド家は確かに然程裕福な家ではなかったけれど。それでも子どもの頃は此処でさえも、ワッツ家よりは素敵に見えたのに」


確かに、危機的状況は脱したとはいえ、うちは別に特別裕福な訳ではない。

しかし、伯爵家の面目を保つだけの努力はジョージと共にしてきたつもりだ。


私はジョージを馬鹿にされた様な気がして、思わずムッとした。


「私もジョージもあまり華美な物は好みませんので」


「あら……そう。フッ……確かにそうね」

グラディスさんはそう言って、少し鼻で笑う。そして目の前に座る私を上から下まで眺めると、


「貴女もとても華美とは言い難いですものね」

とにっこり笑った。




瞬時に彼女に馬鹿にされたとそう理解した。しかし、ここで言い返して何になるのか。私は内心怒りを感じながらも、澄ました様子で微笑んだ。


「ええ。ジョージがあまり派手にするなと。彼は商売女の様な下品な装いを好みませんし」


私の精一杯の嫌味だったが、これは事実だ。

夜会でも肌の露出をなるべく避ける様に言われていた。


その言葉にグラディスさんは眉をピクリと上げた。どうも私の嫌味が彼女の何処かに刺さった様だ。


「ドレスは着る人を選ぶものね」


「確かに。私は私に似合う物をジョージが選んでくれていますから」


「あら?ジョージって女の装いにまで口を出す様な煩い男だったかしら?……でも確かに貴女に華やかな色や装いは似合わないでしょうね」


「私は時と場合を弁えているだけです。それにご心配いただかなくても伯爵夫人として恥ずかしくない物は着ているつもりですわ。……ドレスやワンピースは色や形だけではなく、質も大切ですから」


私達の間には見えない火花が散っている様だった。


一瞬の沈黙の後、彼女がスッと目を細めて、私の胸元を見た。


「あら……そのネックレスは素敵ね。地味な装いの割にルビーのネックレスなんて」


「これはジョージが結婚記念日に買ってくれた物で……」


そう言った私に被せる様にグラディスさんは言った。


「まるで私の髪の色みたい」

と。


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