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第39話

しかし……最後の最後、イライジャが部屋を後にしようとしたその時、


「おい!お前の魂胆は分かっているんだ!お前はアンドレイニ伯爵の財産が目的なんだろ!!キキと再婚して、アンドレイニ伯爵家を意のままにするつもりか?!しがない執事のくせに!!」

とジョージが叫ぶ。イライジャは振り返り、


「自分がそうだからと他人までそうとは思わぬよう」

と怒気を含んだ声音でジョージに向かって鋭い視線を投げた。

私はここでハッとした。なるほど……ジョージが此処まで必死なのは、アンドレイニ伯爵家の資産が狙いだったのか。私は思わず笑いが込み上げてきた。大切だとか何だとか……本当に馬鹿馬鹿しい。


「ガーフィールド伯爵……呆れて物が言えないとはこの事ですわ」

私は笑いながら答える。


「ち、違う!!僕はキキを愛しているんだ。その男とは違う!!」


それにまた反論しようとするイライジャの腕にそっと触れる。


「相手にしても無駄よ。もう帰りましょう」


イライジャは何か言いたげな表情を浮かべながらも、


「畏まりました」

と私を伴って部屋を出た。


シーメンス伯爵との共同事業が暗礁に乗り上げてると聞いた。もしかするとジョージはお金に困っているのかもしれない。


私達は何とも言えない気分で、馬車へと戻る。


レジーナの


「浮気男の典型ですね」

という一言に、思わず笑ってしまった。


「そうね。言葉ではどうとでも言えるもの。ガーフィールド家はお金に困っているのかしら?必死過ぎて驚いたわ」


私とレジーナの笑い声が馬車の中に響く。しかし、隣のイライジャは浮かない顔だ。


「イライジャ?」


「アンドレイニ伯爵領が栄えているのが、この一年で周知される様になりました。……ガーフィールド家を調べますか?」


「いえ……必要ないわ、どうでも良いし。でも、あなた達良かったの?あそこで……あんな発言。神に誓ったのに」


私が心配そうにそう尋ねると、イライジャははっきりと、


「私は無神論者です。誓うも何も神などいない」

と言った。彼の幼少期は不遇だった……そう思っても仕方ない。


「あ!私もです」

とレジーナも手を挙げる。


「レジーナも無神論者?」


「はい。だって神がいるなら、産まれて直ぐに亡くなる子も、母親も居ないはずです。私は医学を信じています。子どもや女性を救えるのは医療です」


レジーナの信念に感心する。


「ところで……あのカルテ……」


「あぁ……あれはイライジャさんの指示です。しかも最初から。初めて聞いた時はびっくりしましたけど」  


レジーナの言葉に私は驚いた。てっきり今回の事で、偽物のカルテを新しく用意したものだとばかり思っていた。私は隣に座るイライジャを見上げた。


「念の為……レジーナに日付を一月半程ずらしてカルテを作る様に頼みました。念には念をと思い出生届けも二週間程遅く提出を。もちろんこれらを使わずに済むならそれに越したことはないと思っていましたが」


「……どうして?」


「キルステン様にあの日尋ねましたよね『戻りたいか?』と。キルステン様ははっきりと否定しました。それで決めたのです」


「あんな時から準備を?こうなる事を見越して?」


「可能性の問題です。備えあれば憂いなしですから」


「イライジャって……やっぱり魔法使いみたいね」

私達がつい見つめ合うように話していると、


「ちょっとー!私も乗ってるんですけど、見えてますかー?二人の世界に入らないでくださいねー」



おっと……レジーナの存在を忘れるところだった。私達は少しバツの悪い思いで俯いた。





アンドレイニ伯爵家に着くと、母が心配そうな顔でジュディーを抱いて待っていた。


「お母様、無事戻りました」

私の顔を見て、全てを悟った母は涙を流した。


「良かった……良かったわ……」


「お母様、泣かないで。全てイライジャとレジーナのお陰よ」


私はジュディーごと母を抱き締めた。間に居るジュディーは一生懸命私に手を伸ばす。

私は母からジュディーを受け取ると、改めてジュディーをキュッと抱き締めた。


「ただいま、ジュディー」


ジュディーの匂いにホッとする。赤ん坊ってどうしてこんなに良い匂いなんだろう。

私がジュディーの頬に鼻を擦り寄せると、ジュディーは声を上げて笑った。



もうこれでジュディーを取り上げられる事もない。イライジャも側に居てくれる。

これからはアンドレイニ伯爵領を盛り上げていく事に精進しよう。

サミュエルがこの家を継いだ時、アンドレイニ伯爵領を誰よりも誇れる様に。


幸せだと心から思っていた。しかし……。


王都から帰ってからというもの、イライジャの態度が何故か少しよそよそしく感じる。

想いが通じ合った、そう思っていたのは私だけだったのだろうか?




「キルステン様、面会のお時間です」


「分かったわ。直ぐに行く」


今まで目を通していた書類を閉じ、私は立ち上がった。それを見守るイライジャの瞳の奥には優しさが滲んでいるのに、表情は硬い。

イライジャの様子がこれまでと違う事に戸惑いながらも、私は日々の忙しさに紛れ、その事について触れる事も出来なかった。




ジョージとの一件から一カ月が経とうとしていた。イライジャはあれからずっと、私と一線を引いている様な態度だ。執事としてのそれを踏み越える様な行動はしない。もちろんそれは間違っていない。

しかし今までの事を考えると違和感しか感じず、私はイライジャの気持ちが分からなくなっていた。

だからといって、イライジャに尋ねるタイミングも掴めない。私の中の不安はどんどんと大きくなっていくばかりだ。




そんなある日の事。

突然ジュディーが熱を出した。慌てる私に、イライジャは冷静に医者を手配してくれた。


「今はお仕事より、ジュディー様に付いていてあげてください」

イライジャの言葉に私は素直に従う。程なくして医者の来訪が告げられた。

 

我が家に診察に訪れたのは、今回、レジーナではなかった。イライジャに連れられて現れたのは……


「アンソニーと申します。小児が専門の医者です」

綺麗な金髪の長髪を一つに結び、眼鏡を掛けた優しそうな男性が現れた。



「アンソニー?!」

私は現れた男性に目を丸くする。


「やぁ、キルステン久しぶり。覚えててくれたんだ」

その男性は眼鏡を外して私に微笑む。懐かしい顔。彼は私の元婚約者だった。



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