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第38話


「まず、今回のこの話し合いはガーフィールド元伯爵夫人、現アンドレイニ伯爵のお子様がガーフィールド伯爵とのお子であるかどうか……それをはっきりとさせる……そう言う事で間違いないですね?」

裁判官がジョージに確認する。


「はい。もしその子が僕の子であると証明されれば、僕達の離縁も無効。離縁の取り消しも同時に求めます」

ジョージはまるで勝利を確信している様に自信を持ってそう答えた。


「なるほど。ここにお二人の離縁許可書を教会より預かって来ました。確かに理由には『婚姻後三年に渡り妊娠の兆候がみられなかった為』となっていますね。うん。もしアンドレイニ伯爵のお子様がガーフィールド伯爵との子であると証明されれば、この離縁許可書の効果は無効となるでしょう。ではアンドレイニ伯爵にお伺いしましょう。貴女のお子様はこのガーフィールド伯爵との?」


裁判官は手元の書類を確認しつつ、私へと頷いた。発言を許可された様だ。


「いえ。私の子はガーフィールド伯爵との子ではありません。後ろに立つこのイライジャとの子です」


私の耳にはイライジャから貰ったイヤリングが揺れる。私の心を強くするお守り代わりだ。


「なるほど。それを証明するものは?」


裁判官の声に直ぐ様イライジャが動く。


「こちらが出生証明書、それと証人として産科医のレジーナを呼んでいます」


「分かりました。ではその医者をこちらへ。それと……ふむ、こちらが出生証明書ですか……」


裁判官が証明書にさっと目を通す。


「うーん……この離縁許可書の日付と出生証明書の日付を見る限りですが……何とも言えませんね。これだとギリギリ……ガーフィールド伯爵との子だと言ってもおかしくない」


裁判官の言葉に胸がギュッとなる。すると扉が開き、レジーナが現れた。


「アンドレイニ伯爵の出産に携わりました、レジーナと申します」


「それではレジーナに確認しましょう。あ、此処は真実を明らかにする場。全てを正直に話すと神に誓えますか?」

裁判官はレジーナの目をしっかりと見る。レジーナもそれにしっかりと答えた。


「もちろん誓います。では……その出生日についてですが……」


レジーナの言葉に私はつい反応しそうになった。ジュディーの誕生日が私の記憶と違う。レジーナが言った出生日とジュディーの誕生日とに二週間程の開きがあった。私は動揺を悟られまいと小さく息を吐いた。


「……ということで、早産ではありましたが、元気に産まれてこられました。こちらが、アンドレイニ伯爵の初診日からを記録したカルテです。どうぞ」


レジーナは出産までの経緯を話すと、カルテの束を裁判官に渡す。裁判官はそれをめくりながら、


「初診日が……」


と話し始めた。まただ。私が初めてレジーナの診察を受けた日付とカルテに書かれた初診日に開きがある。今度は一月半程だ。全てが私の記憶より遅い。そう……このカルテは偽装されている。さっきの出生証明書もだ。私は自分の動揺が顔に出ない様に努めた。


レジーナもイライジャもこの嘘に涼しい顔だ。まるでこれが事実であるかの様に振る舞っている。


裁判官は一通りカルテを見終わると、


「なるほど、良く分かりました。早産の為に十月十日とはいきませんが、これならばガーフィールド伯爵との子である……とは言い難いでしょう」


「ま、待ってくれ!!」


裁判官がそう結論付けようとした時、ジョージが声を上げ、立ち上がった。


「ガーフィールド伯爵、落ち着いてください」

裁判官の言葉にジョージの隣で執事が話し始めた。


「あの……発言を許可していただいても?」


「どうぞ」


「奥様……いえ、アンドレイニ伯爵様は離縁前より随分と具合が悪そうにしておりました。今思うとあれは悪阻だったのではないかと」


「ん?ではこのカルテが虚偽である……と?」

裁判官はレジーナに視線を向けるが、レジーナは眉を顰めて、


「私は医者ですよ?そんな事をするはずないじゃないですか」

と不機嫌そうに答えた。まるで心外だと言わんばかりだ。


「では、逆にお尋ねしますが、そんなに具合の悪そうな女性を医者にも診せずに、放っておいたのですか?」

レジーナはそう切り返した。


「それは……っ!奥様が必要ないと……」


「ふーん」


レジーナは不満そうだ。彼女は一人でも多くの女性を助けたいと心から思っている。

しかし、私が医者を断ったのは確かなので、ほんの少し執事が可哀想に思え、助け舟を出す。


「医者が必要ないと言ったのは、原因が分かっていたからですわ。浮気者の顔を見るとどうにも気分が悪くなって」


私の言葉に今度はジョージが青ざめた。



その言葉に裁判官も何となく『は~ん、なるほど』といった表情になるが、今回の話し合いはジョージの浮気を糾弾する場ではないので、そこには触れず、


「悪阻の様に見えていたとしても、医師の診断書があるわけではない。それに、こちらにはカルテの証拠もありますからね」

と言うだけに留めていた。


先ほどの私の言葉が効いたのか、ジョージは青ざめながらも、


「ま、待って下さい。初診日と出生証明書だけでは『僕の子ではない』というのは無理が……」


「しかし、逆に『ガーフィールド伯爵の子である』という証拠もありませんね。診察時の状況等、時間的なズレは生じる場合もあるでしょうが、客観的に見て貴方の子ではないという判断をせざるを得ない」


裁判官は極めて冷静に話をしているのだが、ジョージはここで話し合いが終わる事を恐れているのか、まだ必死に訴えかける。


「ぼ、僕が見た子どもの髪は、僕と同じ薄い茶色だった!そこの男の髪色とは違う!!」


ジョージはそう言ってイライジャを指差した。その事については、公園で説明されたはずなのに……忘れたのか、認めたくないのか……。


「確かにこの国で黒髪は珍しいですね。ご出身は?」


「エクシリアです。しかしエクシリアでも両親が黒髪だからといって黒髪の子が産まれるとは限りません。隔世遺伝の場合もありますので。実際私は両親共に黒髪ではありませんでしたが、祖母が黒髪であったと聞いています。それに、私も赤ん坊の頃は黒髪ではありませんでした。成長するに従って黒くなりましたので、我が子ももう少し大きくなれば、黒髪になるやもしれません」


「なるほど。私もその話は聞いた事がありますよ。となると、髪の色は根拠としては弱いとしか言えませんね。では……今回の結論は」


「待って!待って下さい!!」


ジョージが何故こんなに必死なのか、理解に苦しむ。


「ガーフィールド伯爵。そちらから新しい証拠が出ないのなら、これ以上の話し合いは無駄な様に思いますよ。もう終わりにしましょう」


裁判官に言われて、ジョージはがっくりと項垂れた。執事が椅子にガクッと座り込んだジョージを心配する様に顔を覗き込む。


「アンドレイニ伯爵。遠路はるばるご足労いただきありがとうございました。もうお帰りになっていただいて結構ですよ」


裁判官にそう言われ、私は席を立つ。すると、ジョージが


「キキ!お願いだ、戻って来てくれ!子どもがその男の子だって構わない!一緒に育てよう」

とまた立ち上がる。


「ガーフィールド伯爵……何があったのかはわかりませんが、もう私達は終わったんです。貴方は貴方の幸せを掴んで下さい」


「失って初めて気付いたんだ……君がどんなに素晴らしい女性で大切な存在だったか。もう二度と君を悲しませる様な事はしないと誓う!もう一度やり直そう。僕達はずっと上手くいっていたじゃないか!」


イライジャが私を扉の方へと促す。それに従い私はジョージに背を向けた。


「キキ!お願いだ!」

ジョージの悲痛な叫びに、私はもう一度振り返る。


「本当に大切なものは、失わずとも気づくものです。失ってからでは遅すぎます」


私はそれだけを言い残して、部屋を出る。私の背に当たるイライジャの手のひらがとても温かかった。


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