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第36話

「裁判しても良い。もしあの子が僕の子だと証明されれば、離縁を白紙に戻す手続きをするからな!」


そう捨て台詞を吐いて、ジョージは屋敷を出て行った。


私はまだ応接室で立てずに居た。寒いわけでもないのに、何故か体が震える。私は自分で自分を抱きしめた。


ジョージを見送って戻ったイライジャが私の隣に座る。そして、震えている私を横からそっと抱きしめた。


「大丈夫ですよ」


「でも……裁判って。調べられたら……」


「大丈夫です。守ると言ったじゃないですか」


イライジャは何故かそう自信を持って答えるが、私は心配で仕方ない。


その日は一日中ジョージの言葉が頭から離れなかった。

無性にイライジャに甘えたくなる。私はそれを理性で必死に耐えていた。





それから約一週間後、ジョージから呼び出しの手紙を受け取った。


「イライジャ……やはり来たわ。ジョージから裁判の……」


「子どもの出生証明書は教会に届けを出していますから、それを手配しましょう。何ならレジーナを王都に連れて行っても良い。予定は明後日ですか。なら明日にでも王都に行きましょう」


イライジャは全く動揺する様子もなく、淡々とそう言った。


「イライジャ、どうしてそんな落ち着く事が出来るの?」


「大丈夫。ちゃんと手は打っていますから。ただ……キルステン様が……その……私と直ぐに関係を持ったと言われてしまうのが」


イライジャは言いにくそうにそう絞り出すと、唇をギュッと噛んだ。



「それはこの前……貴方がジュディーを自分の子どもだと言ってくれた時から覚悟の上よ」


「咄嗟にあんな事を言ってしまって、申し訳ありませんでした。でもあの時はあれしかないと」


「分かってる。だってジュディーは貴方に懐いてるもの。貴方達の様子を傍から見たら、親子だと思ってもおかしくないわ」


そう口にしながら、ほんの少し恥ずかしくなった。まるで父親になって欲しいと言ってる様に聞こえないかしら?


「……良かった。実は怒っているのではないかと」


「私が?」


「はい。キルステン様のお気持ちを無視してあんな勝手な事を言ってしまって……」


「それより……イライジャの方こそ良いの?そんな風に思われて」


「執事としては失格だと思われてしまうかもしれませんが……その……まるでキルステン様の隣に居て良いと言われた様でう、嬉しかったです」


イライジャはそう言って頬を紅く染めた。そして改めて力強く言った。


「王都には私もご一緒します。私は貴女の側に居る。もっと私を頼って下さい」


そう言えば、伯爵になりたての頃もそう言われた。


『もっと私を頼って下さい』


自分の二本の足でしっかり立たないといけないと強く思っていた。だけど、私は結局イライジャに頼りっぱなしだ。ならばもう少し素直に甘えても良いのかもしれない。


「イライジャ、私とジュディーを守って」


私の言葉にイライジャは私に近付く。そして私を正面から抱きしめた。


「命に代えてでもお守りします」


「そんな……死なれたら困るわ」


「じゃあ……神に背いてでも、と言っておきましょう」


イライジャのその言葉の意味を私は王都で知ることになった。





「レジーナは王都で用事があるからと、昨日既にこちらに来ています。教会に出した出生証明書はもう手元にありますし……」


そう言ってイライジャはくるりと巻かれた証明書を私に見せた。

馬車は既に王都へ入っている。今日は宿に泊まって、明日のジョージとの話し合いに臨む予定だ。


馬車には私とイライジャの二人だが、その様子はいつもと少し違う。今までなら向かい合わせで座っていた私達だが、今日は隣同士。

不安そうな私の事を思ってのイライジャの行動だが、私だけがそれにドキドキしている様だった。


そんな事を考えていたせいか、いつの間にか私は少し俯いてしまっていた。すると膝の上に置いた私の手にイライジャの手が重なる。私はハッとして隣のイライジャを見上げた。


「大丈夫です。ジュディー様があの男に奪われる事はありませんから」


まさか、隣に座っているイライジャにドキドキしていたなどとは言えず、私は少し微笑んで頷いた。

しかし……隣のイライジャがいつも通りの涼しい顔なのが少し気に入らない。

私は自分の手の上に置かれたイライジャの手に、自分のもう一方の手を更に重ねた。


「イライジャを信じてるわ」


そう言うとイライジャの目が大きく見開かれる。


「わ、わかりました。任せて下さい」


ほんの少し動揺したイライジャを見て、ちょっとだけクスッとした。


正直な所、まだ不安は拭えない。でもこうしてイライジャと居ると大丈夫なんじゃないかと思える。それがとても不思議だった。





宿に着き、部屋で独りになるとやはり明日のことを考えて心配になる。

すると部屋の扉を『コンコンコン』とノックする音が聞こえた。


「はい」


「イライジャです」


部屋の扉を開けると、茶器を盆に乗せたイライジャが立っていた。


「どうしたの?」


「リラックス出来るお茶をご用意しました。キルステン様が緊張しているかもと思いまして」


「イライジャって……もしかして魔法使いなの?どうしてそんなに私の事が分かるのかしら?」


「それは……いつも側で見ているからです」


少し照れたように言うイライジャの顔をまともに見ることが出来なくなって、私は慌てて扉の前から体をずらす。


「どうぞ、入って」


「失礼します」


イライジャは真っ直ぐにテーブルに向かうと、手慣れた様子でお茶を用意してくれた。


「良い香りね」


「では、失礼します」


一通り用意し終えたイライジャが部屋を出て行こうとするのを、私は止めた。


「イライジャも一緒に飲まない?せっかくのお茶も独りでは味気ないわ」


「でも……」


「いいから、いいから」


私は躊躇うイライジャを無理矢理椅子に座らせると、自分も向かい側に腰を下ろした。



「イライジャって本当に不思議。いつも私の気持ちを汲んで先回りしてくれるんだもの。貴方、私を甘やかし過ぎよ?」


少し戯けた様に言ってみる。本当はイライジャの気持ちを訊きたい。『どうしてそこまでしてくれるの?』と。


でもその勇気も覚悟もない。イライジャの気持ちを知った所で、私とイライジャの立場が変わる訳ではない。いや……いつの日か私がアンドレイニ伯爵を降りたら……なんて考えてしまうのは、明日を控えた弱気な心のせいなのか。


すると、静かにイライジャが話し始めた。


「……私は幼い頃から人の顔色を窺って生きてきました」








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