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第33話

久しぶりの王都を懐かしむより、私は一刻も早くジュディーの元へと戻りたかった。マシュー様は王都に残り仕事をしていくと言う。


「早朝ですので、無理してお見送りしていただく必要はありませんでしたのに……」


馬車に乗り込む私にマシュー様は笑顔で、


「ちゃんとイライジャに『主は守ったぞ』と言っておいて下さいね。それと……私の振る舞いが極めて紳士的であった事も加えて報告しておいてください」

と少し戯けた様に言った。


馬車の扉を閉め早朝の王都に馬が土を蹴る音が響く。私はもう一度マシュー様にお礼を言うと、彼とその場で別れた。



夕方、私はアンドレイニ伯爵領へと到着した。


「ジュディー!ただいま!」


イライジャに荷物を渡すと、乳母と共に現れた我が娘が私に向かって『アー』と手を伸ばす。

私が乳母からジュディーを受け取ると、ジュディーは嬉しそうに声を発しながら私の頬へと手を伸ばした。


「たった一日会わなかっただけで、何だか大きくなった気がするわ」


「赤ん坊は驚くほど早く成長しますから。ジュディー様はそれはもうお利口さんにお留守番していましたよ」


乳母の笑顔に私も礼を言って応えた。



「キルステン様、先にお着替えでも。直ぐに夕食をご用意します」


イライジャに言われ、私は少し寂しく思いながらも、乳母にまたジュディーを預け着替える為に自室へと戻った。



「……久しぶりの王都は如何でしたか?」


ジュディーを寝かしつけ、私は執務室へ居た。


「イライジャ、貴方はもう休んで良いのよ?私はこの書類を確認したら休むから」


私は留守中の報告書に目を通していた。すると書類に影が落ちる。私はその影の張本人である机の前に立つ人物を見上げた。


「どうしたの?何か?」


「……変な感じです」


「変な感じ?何が?」


「キルステン様が伯爵となって……こんなに長く離れた事はありませんでしたから」


……?イライジャは言葉を選びながらゆっくりと言葉を続けた。


「つい……キルステン様の事ばかり考えてしまって」


「休みの日は一緒じゃないわ」


「でも……何かしら顔を合わせる機会がありましたから」


「たった一日半程よ?」


「分かってます。分かってはいるんですが……私はどうしてしまったのでしょうか?」


「どうしてって……」


私は返答に困っていた。


「こんな気持ちは初めてで……私は何かの病気ですか?」


イライジャの綺麗な紫色の瞳が微かに震えていた。イライジャの戸惑いが伝わって来る様だ。


「ねぇイライジャ。イライジャに大切な人は居る?お母様は亡くなったと聞いたけど……ほら、お母様の代わりに育ててくれ……」


「私が大切なのはキルステン様です。それとジュディー様……奥様にサミュエル様も」


「貴方はとても忠実な執事ね。そんなに主を思ってくれるなんて」


私は心の中で何度も『自惚れるな、自惚れるな』と呟いていた。……もう男に期待したくない。裏切られるのは真っ平御免だ。


「前伯爵様にはこんな気持ちを持った事はありません」


自惚れるな……自惚れるな……


「私が頼りないからかもしれないわ。きっとイライジャに心配かけ過ぎているのね」


「いえ。確かに此処に戻られて直ぐは心配でした。仕事も……。領地経営は難しい。正直キルステン様が伯爵としてやっていけるのか不安でもありましたが、今は違います。私は貴女を信頼している」


「あ……ありがとう。そう言って貰えると嬉しいわ」


「キルステン様がマシュー様とお出かけになって……胸がモヤモヤして……やはり病院に行った方が良いですかね」


「……気になるなら、明日病院に行ってはどうかしら?」


自惚れるなと自戒する気持ちと裏腹に私の頬は何故か熱くなっていた。




翌日、イライジャは本当に病院へ行くと休みを取った。

彼は色んな事を完璧にこなす有能な執事だし、他人の事は良く観察している。しかし自分の心には今まで向き合ってこなかったとみえる。



彼には苦労した幼少期があるようだ。それは彼の言葉から推測出来るが、詳しい事を私の方から尋ねる事はしていない。彼が話したいと心から思えたその時には、私は彼の過去を受け止めたいとそう思っていた。


自惚れるなと自戒はしたが……イライジャが私に好意的である事は何となく理解している。だからといって『ねぇ、私の事好き?』なんて事を訊く勇気はない。


「それに私は離縁してるし子どももいるし……」


そうポツリと呟いて、私は馬鹿な妄想を振り切る様に頭を振った。


「さて!仕事をしましょうか」

そう大きな声で言って自分に気合いを入れると、私は積んでいた書類に手を伸ばした。





「ただいま戻りました……」


昼過ぎに病院から戻ったイライジャが執務室を覗いた。

その表情は微妙に曇っている。もしや本当に病気だったのでは?と私はその顔を見て不安になった。


「どうだったの?まさか悪い病気とか……?」

私は思わず椅子から立ち上がる。


イライジャは部屋へ入ると、真っ直ぐに私の方へと歩いて来た。やはり表情は晴れない。……が、私を見ると首を傾げる。


「いえ。悪い病気ではないらしいんですが、治す事は出来ないと。薬もないと言われてしまって」


「言われてしまって……?ではどうすれば?」


私は自惚れた自分を恥じた。やはりイライジャはどこか悪いのだ……。


「それが……治せるのはキルステン様だけだと。キルステン様……いつの間にか医者にでもなられたのでしょうか?」


「は……?」

私は口をポカンと開けた。


「キルステン様も驚きますよね。私も訳が分からなくて。私の話を聞いた医者はニヤニヤしているし……それなのに治せない、薬はないと言われるし……」


「ね、ねぇ、イライジャ。お医者様に何と言ったの?まさか、昨日私に言った事を……?」


「はい。素直に話しました。症状を話した時には脈を測ったり、心音を聞いたりと検査して下さったんですが、どんな時に胸が痛いかと尋ねられてからは、ずっとニヤニヤされてしまって」


私は思わず真っ赤になって机に突っ伏した。


「!!キルステン様?!キルステン様もどこか具合が……?」


私は突っ伏したまま、


「いえ……私は大丈夫よ……。ちょっと……何故か私にダメージが……」


と手を振って答えた。


「ダメージ?」


「ううん。こっちの話。それで私は何をしたら良いのかしら?お医者様は何て?」


私は思い切って顔を上げた。きっとまだ頬は熱い。


「いえ……具体的には何も。ただ、自分の心に耳を傾ける様に……と」


「そう……。でもそれは必要な事かもね。イライジャはいつも他人を優先してしまうから」


「それで治るのでしょうか?」


「うーん……それははっきりとは言えないけど……じゃあ、イライジャは今どうしたい?自分の心に耳を傾けてみて?」


私がそう言うと、イライジャは少し考えてから、はっきりと言った。


「キルステン様の側で仕事をしていたいです」




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