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第32話


「貴方みたいな『なり損ない』の貴族が来て良い場所じゃないのよ?」


グラディスさんも負けていない。……下品な装いなのは否定しないのか……と私は内心思っていた。


「その『なり損ない』から巻き上げた金で随分と裕福な暮らしをしているらしいじゃないですか。娘を売り飛ばした金で暮らすのは楽しいですか?」


その言葉にグラディスさんは顔色を変えた。


「貴方が私の子どもを奪ったんじゃないの!!」


「人聞きの悪い。産みっぱなしで何もしなかったくせに。父との離縁の条件に娘を差し出してきたのは貴女でしょう?元お義母さん」


「グラディス……それはどう言う事……?」

隣のジョージの顔が曇る。


「ジョージ……こんな平民上がりの言う事なんて聞かないでちょうだい。嘘に決まってるでしょう?マシューは私の努力を踏みにじったの。私は良き妻、良き母であろうとしたのに……」


「『良き妻』『良き母』ね。父の金を使うだけ使い、持病の薬を全て捨てる奴が良き妻か?娘に乳を与える事も抱きしめる事もなく良き母と言えるのか?」


マシュー様は決して声を荒げている訳ではない。しかし、言葉には彼の怒りを感じた。


「く、薬の事は私が捨てた証拠はなかったでしょう?あの時もそう言った筈よ。言いがかりはよしてちょうだい」


「お陰で父は発作が起きても薬を飲めず、手遅れになった訳だ。まぁ、貴女にとっては邪魔な父を排除したかったのかもしれませんが、あの家で貴女の味方は父だけだった。……殺したのは悪手でしたね」


『殺した』との言葉に私は驚いて声も出なかった。グラディスさんの隣に立つジョージも目が飛び出そうな程驚いている。


「証拠もないのに決めつけないで!失礼よ!しかもこんな席でそんな事を……。平民上がりはこれだから困るのよ」


まさかマシュー様がそれをこの場で言い出すとは思っていなかったのか、グラディスさんは明らかに動揺していた。


「平民上がりで教養もないもんでね。あぁ、貴女と同じ様に空気を読む事も苦手で申し訳ない」


マシュー様は馬鹿にする様にそう言った。グラディスさんの顔は強張っている。


「そんな平民上がりが何故キキと?」


急にジョージが言葉を発した。


「私の領地にサマル商会を誘致した事がきっかけですが、貴方には関係ありませんわ。

それに先程からお二人共、とても失礼な態度で不愉快です。サマル伯爵に謝罪を。あ、あとガーフィールド伯爵、私の事はアンドレイニ伯爵と」


「キキ……。僕はまだ離縁に納得していない。君が他の男と楽しそうに踊る姿に憤りを感じてしまった。……失礼な態度は謝ろう。キキ、この後少し二人で話をしないか?」


腕に絡みつくグラディスさんを他所に、この人は何を言っているんだろう?自分は良くて私はダメって事?なんて身勝手なのかしら?私はすっかり呆れてしまった。





「ガーフィールド伯爵……私のパートナーと二人きりになりたいだなんて、聞き捨てなりませんよ。そんな事、私が許可しません」


盾になると言った言葉通りに、マシュー様が少し私の前に出た。周りも少しずつ私達に注目を始めたのが分かる。


「サマル伯爵は単なる仕事仲間だろう?キキは僕の妻だ」


「ちょっと!ジョージ何を言ってるのよ!」

何だか様子のおかしなジョージにグラディスさんも声を上げた。


「伯爵、たとえ仕事上のパートナーとは言え、今日の相手は私だ。それにもう一年半も前にお二人は離縁した。貴方が認めなくても陛下が認めています」


「ジョージそうよ!貴女のパートナーは私。どうしちゃったのよ」

グラディスさんも美しい眉を顰める。


手紙を無視していたのは申し訳ないが、彼がこんな風に執着を見せるなど、予想外だった。

夜会で顔を合わせるのは少し気不味いとは思っていたが、こんな話になるとは思っていなかった。正直困惑している。


グラディスさんに強く腕を引かれ、ジョージは我に返った様にハッとした。



「あぁ……すまない」


「もう!ちゃんと約束守ってよね」


グラディスさんの約束という言葉が少し引っかかったが、それよりジョージが我に返った隙に私はマシュー様に合図する。


「あ……すみません、そろそろ他の皆様へ挨拶に行かなければならないので」

マシュー様はそう言って、私とジョージ達を引き離してくれた。


ゆっくり休めなかったのは残念だが、これ以上周りの見せ物になっておくのは私としても不本意だ。


私達はジョージの返事を待たずに背を向けると、私が仲良くしていた夫人方の元へと挨拶に向かった。




私が領地に引っ込んでも手紙で私の心配をしてくれた方々。彼女達が私の顔を見て少し涙ぐんでいるのが分かった。


「辛かったのなら、相談してくれたら良かったのに。ごめんなさい、気付かずに」


ジョージとグラディスさんとの最近の様子から、私達の離縁の理由を悟った様に、皆が口を揃えて言った。


「もう全て過去のことです。今はとても幸せですから」


その言葉に嘘はなかった。父の事を思い出さない日はない。それはもちろん寂しいが私にはジュディーが居る。

母もやっと最近は部屋を出る時間が長くなってきた。サミュエルは最近少し生意気だが、勉強も乗馬も頑張っている。どうもサミュエルには音楽の才能があるようだ。最近はバイオリンを弾く腕前も物凄く上達した。

私には大切な家族が居る……そしてイライジャも。



「それは貴女の顔を見れば分かるわ。何だかとても生き生きしているし、何より美しくなったわ。今までも美人だった事に変わりはないけど、何て言うのかしら……光り輝いて見えるもの」


「そんな事……。きっとこのドレスのお陰ですわ」


ジョージが露出の多い華美な装いが苦手な事もあり、夜会などではデコルテの隠れるドレスを選んで着ていた。若いのに……と何度他のご婦人方に言われたか分からないが、私は結婚した身であるのだから当然だと思い込んでいた。



「それより……お隣の素敵な紳士を紹介してちょうだいな」

ポートリー夫人がにっこりと微笑む。


「ちょうど良かった。ポートリー夫人。はじめましてサマル商会のマシュー・サマルと申します。茶器はお気に召しましたか?」


「まぁ!貴方があのサマル商会の……」


『あの』というのは何となく想像はつく。マシュー様が気にしなければ良いが。


「はい。キルステン様からポートリー夫人は茶器に造詣が深いと。サマル商会では様々な茶器を取り扱っております。是非、今後もご贔屓に」


「あの茶器ね!とても美しくて使うのが勿体ないぐらいだったわ。この国でもご商売を?」


「今はアンドレイニ伯爵領に支店を構えておりますが、いずれ王都にもと考えております。しかしいつでも御用があればお伺いいたしますよ」


マシュー様は笑顔で、ポートリー夫人の手を取った。ポートリー夫人も笑顔を返す。


「そう?じゃあ……近々またお茶会を開くのだけど、あの茶器をセットで頂こうかしら」


あら。何ともすんなりと商売の話が纏まってしまった。マシュー様は一見冷たそうな印象を受けるが、話し始めると話し方やその雰囲気が柔らかく、そのギャップが彼の魅力に繋がっている様にも思う。


私達は夜会が終わる前に、陛下へと改めて挨拶をして、ホールを退室した。もうジョージには絡まれたくない。





「ガーフィールド伯爵は少し様子がおかしかったですね」


宿屋に向かう馬車の中で、マシュー様は少し険しい顔をした。

実は他のご夫人方からシーメンス伯爵との共同事業があまり上手くいっていないとの話を聞いていた。


「そうですね……。あまり仕事が上手くいっていないとの噂が」


「うーん……それだけでは無いようですが。離縁に納得していないのは何故でしょう。推測するに……グラディスの存在が二人の離縁の原因の一端でしょう?この結果は自業自得だ」


「私も二人が幸せに過ごしていると思っていたのですが……」


私達は何となく宿屋に着くまでそのまま無言になってしまった。

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