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第31話

「王都も一年半ぶり……かしら?」

私は今日宿泊予定の宿屋の一室を借りて、夜会の支度をしていた。急がなければ時間はギリギリだ。



「お待たせして申し訳ありません」


私の支度を待っていたマシュー様の元へ私が急ぐと、


「これは美しい。もっと時間があればドレスを私が用意したかったですね」

とマシュー様は微笑んだ。


「ありがとうございます。アンドレイニ伯爵を賜った時、念の為夜会用にドレスを数着作っておいて良かったですわ」


私は夜空のような濃紺の、シンプルな形ながらも凝った刺繍が施されたドレスを選んだ。それには理由がある。


「綺麗なイヤリングですね」

マシュー様に褒められて私はにこやかに微笑んだ。何となく……ただ何となくこのイライジャからプレゼントされたイヤリングに合うのではないかと思ったからだ。


「ええ。お気に入りですの」


離縁した妻と夫……。きっとその場には皆の好奇な視線が寄せられるだろう。だけどこのイヤリングさえあれば、他の人からのそんな視線にも耐えられる気がする。



宿屋からまた再び馬車に乗り、私達は王宮へと向かった。マシュー様のポケットのチーフは淡い赤だ。


「キルステン様の瞳の色に合わせました。近くに良い店があって助かりましたよ」


マシュー様の気遣いに感心する。彼は女性を喜ばせる事にも長けている様に思う。


王宮に着いた私達は急いで会場である大広間へと向かう。気付けばもう伯爵位の貴族か呼ばれている。私達はギリギリ伯爵位の最後尾へと滑り込む事が出来た。


「何とか間に合いましたね」


「申し訳ありません。私の支度に思いの外時間が掛かってしまって……」


「女性の支度に時間が掛かるのは当たり前。それを待つのも男の醍醐味ですよ」


そう言ってウィンクするマシュー様に私は笑顔になった。


「アンドレイニ伯爵とサマル伯爵!」


名前が呼ばれ、私達は微笑み合って会場の扉をくぐる。周りのざわめきが聞こえるが、私は堂々と前を向き、マシュー様の腕にしっかりとつかまって綺羅びやかな会場へと足を踏み入れた。



「あそこに居ますよ」


入場した者達から、ホールの中心を取り囲む様に並んでいく。ジョージは案の定、グラディスさんをエスコートしていた。彼等は私達とホールを挟んで斜め前程に位置している。この華やかな広い会場の中でも、グラディスさんのドレスは派手で目立っていた。

ジョージもグラディスさんも、私達に気づいた様だ。二人とも目を丸くしているのが、離れていても良く分かった。




「相変わらずセンスの悪い女だ」

私の耳元で囁くマシュー様に私は苦笑いした。


その途端、何故かジョージが一歩大きく動く。慌てたグラディスさんが、ジョージを引き戻した。


「ふーん……こりゃ面白そうだ」


マシュー様は何かを思いついた様に少し弾んだ声でそう言った。





女王陛下の合図で、王太子殿下とその婚約者である公爵令嬢とのダンスで、この夜会は幕を開けた。


ダンスや陛下への挨拶中も、何度かジョージ達とニアミスする。

その度にジョージが何か言いたげに口を開くが、流石にダンスの最中や陛下への挨拶の途中で話しかける勇気はなかったようで、口をパクパクとさせるだけだ。




「餌を乞う魚みたいだな」


その様子に踊りながらマシュー様が笑う。

彼の笑顔も今までの作り物のようなものではなく、心からの笑顔の様だ。……よほどジョージの顔が面白いらしい。

確かに、先程からジョージの顔色は赤くなったり青くなったりと忙しい。

グラディスさんはそんなジョージの視線を自分の方へと向けさせる為か、何度もジョージの脇腹を突いていた。


「さて、どうします?この曲が終われば少し休憩を……と思っていたのですが、この様子だと間違いなくあの二人は私達の元へと現れますよ?」


マシュー様が私の耳元でそっと尋ねた。


「永遠に踊り続ける訳にもいきませんし、私も少し喉が渇きました。他の方々の好奇心を満たしてしまうかもしれませんが、私は是非とも休憩したいですわ」


「私も同意見です。まぁ……向こうが何を言ってくるのかはちょっと予想がつきませんが、何があっても私が盾になります。……イライジャと約束したので」


「イライジャと?……何を……?」


私がそう尋ねようとした瞬間、曲が終わり、皆はダンスの足を止めた。周りが拍手に包まれる。

ここからは踊りたい人だけが踊り、飲みたい人は酒を嗜む。謂わば自由時間だ。軽食を摘むも良し、休憩をするも良し。


「さぁ、あちらの椅子の方へと向かいましょうか?」

マシュー様に差し出された腕を取る。

あの二人がどう出るか……少なくとも私は離縁を申し渡した翌日、ジョージの顔も見ずにガーフィールド家を出た。あれから約一年半。

今更それを責められるのもおかしな話だと思うのだが……。



私達が飲み物と共に、さて長椅子に腰掛けようかと思ったその時、


「おい!キキ!」


と私の名を呼ぶ声。ほんの少し懐かしさを感じるその声に内心(やっぱり来たか……)とため息を吐いた。



私はその声に椅子に腰掛ける事を諦め、振り返った。もちろんマシュー様も。何故かマシュー様はニヤッと口角を上げている。この状況を面白がっている様だ。



「ガーフィールド伯爵、お久しぶりです」

私は務めて冷静に、尚且つ他人行儀に微笑んだ。


「『お久しぶり』じゃないだろう!?何故僕の手紙を無視しているんだ!!」


「手紙……?」


私の手元にはジョージからの手紙など全く届いていない。私は彼が何を言っているのか、本当にわからなかったのだが、


「とぼけるな!!この一年半……何十通と手紙を送ったのに、君は無反応。離縁も勝手に決めて……そんな態度が許されると思うのか?!」


ジョージはかなり怒っているようだ。私が思いつく答えは一つ。


「手紙については私の優秀な執事が私に見せる必要はないと判断した結果なのでしょう……私の手元には一通も届いておりません。で?何の御用でしたの?」


「用っていうのは……」


そのジョージの言葉を遮る様に、グラディスさんが口を挟む。


「ジョージ、もうどうでも良いじゃない。それより……マシュー、何故貴方が此処に?」


グラディスさんの鋭い視線がマシュー様に向けられる。


「やぁ!元お義母様ではありませんか。相変わらず露出の多い下品な装いがとってもお似合いだ。我が国でも空気を読まない事で有名でしたが、此処でも同じって事ですか」


マシュー様はニコニコとそう言い放った。いつもの様に彼の目は笑っていないが。


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