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第3話


「あの二人はね。元々愛し合っていたの」


サロンで向かい合う私に、パメラは何故か得意顔でそう言った。


「あの二人とは……ジョージと先程の女性の事ですか?」


「当たり前じゃない!貴女って本当に馬鹿なのね」


普通、妻の前で夫が好きだった女の話をしないだろうと思った私は、つい反射で質問してしまったのたが、はっきりと馬鹿だと言われてしまった。

……学園での成績は良かった方なのだけど。


「失礼しました。確かグラディス様でしたっけ?はジョージの元婚約者だそうですね」


あの後私は別に彼女の事を特段気にもせず過ごしていた。

ジョージには元々幼馴染の婚約者が居た事は、結婚前から知っていたし。

それを言うなら私も同じだ。私にも物心ついた時には婚約者が居たが、彼の家が没落。当然の様に私との婚約も解消された。貴族の中では偶にある話だ。私達が特別な訳ではなかった。


「あら?知っていたの?」


「お名前までは存じませんでしたが、婚約者の方が居たことは……」


私の答えにパメラは一瞬つまらなそうな顔をしたが、詳しく知らない私に教えてあげるといった風に少し前のめりになった。


「ジョージとグラディスはそれはもう仲の良い婚約者同士だったの。元々二人は幼馴染でもあったから幼い頃からずっと一緒で。

私もグラディスを子どもの頃から可愛がっていたし、可愛い義妹が出来るんだって喜んでいたんだけど……」


パメラは私をチラリと見て溜め息を吐く。……可愛くない義妹で悪かったわね。


パメラは私が学生の頃成績が良かった事をひけらかしていると思っている。

私にはそんなつもりは無かったのだが、あまりに常識がないパメラに自分の持っている知識を教えた事がきっかけだ。

『成績が良かった事を鼻にかけて他人を馬鹿にしている』とジョージに訴えて、私がジョージから注意を受けた事もある。


「グラディスのお父様であるワッツ伯爵が事業に失敗して負債を抱えたの。その負債を肩代わりしてくれたのが、サマル伯爵」


サマル伯爵。確か爵位を金で買ったとされる成金伯爵として隣国の貴族ながら有名な人物だ。


「サマル伯爵って貴女知ってる?」


何故か少し馬鹿にした様に言うパメラに私は答えた。


「はい。何度か皆様が噂されているのを聞いた事が。直接お会いした事はありませんけど」


「サマル伯爵は負債を肩代わりする代わりにグラディスとの結婚を条件に出したのよ。あの通りグラディスは凄い美人でしょう?あのサマルってエロ親父はグラディスの美しさに魅了されたのね。グラディス欲しさに負債の肩代わりを申し出たの」


そのサマル伯爵にパメラ自身が何かされた訳ではないだろうに……。彼女は嫌悪感を隠しもせず話しを続けた。


「ジョージもグラディスもそれはそれは悲しんだわ。見ていて周りの私達の方が辛くなるくらい。

ジョージは何とかうちがその負債の肩代わりが出来ないかと父に懇願していたけど……うちもそんなに余裕があったわけではないから……二人は泣く泣く婚約を解消する羽目になったの」


「そうでしたか……。私と結婚する前のお話なので、あまり詳しく聞いた事はありませんでしたが、その様な事があったのですね」


今更こんな話を私にして、パメラは何が言いたいのだろうと不思議に思う。


「グラディスはサマル伯爵の後妻として嫁ぎ、一年もしない間に妊娠して女の子を産んだの」


そう言いながら、パメラはまた私をチラリと見た。

また彼女に子どもの事で責められているような気分になるが、それを表情に出さない様に私は努力した。


「グラディスもきっと良い母親になろうと努力したと思うのよ。でも……サマル伯爵のご子息……前妻の方との間のお子様ね。彼とあまり上手くいかなくて……ずっと辛い思いをしていたらしいわ」


パメラは悲しそうな顔で顔を緩く振った。


言葉を切ったパメラは一口お茶を口に運ぶと、近くのメイドに、


「ちょっと!このお茶は口に合わないわ!入れ直して頂戴!」

とまるでこの家の女主人であるかの様に命令した。


「お口に合いませんでしたか?」


「何だか変な味。貴女の好みなの?悪趣味ね」


「……ジョージが好きで良く飲んでいる茶葉なのですが……」


「ハァ……ジョージも味の好みが変わったのかしら?私がこの家に居る時は、あんなお茶を喜ぶ子じゃなかったのに……」


溜め息混じりのパメラに私は内心苦笑してしまう。どうせ、私の趣味が悪いのだと嫌味でも言いたいのだろう。

残念ながら、あの茶葉はかなりの高級品で、私がある公爵夫人のお茶会で飲んで、あまりの美味しさに購入先を教えて貰って買い求めた物だ。


最近のジョージのお気に入りで、少し高価ではあるが、お茶の時間ぐらいは豊かに過ごそうと二人で楽しんでいるお茶だった。



そんな事をパメラに説明しても仕方ない。私はメイドに、


「ローレルスのお茶に変えてくれる?」

とポピュラーだが人気な茶葉の名を告げる。それを聞いてパメラは満足そうに微笑んだ。


「やっぱり美味しいわ」

新しく淹れ直したお茶を口に運び、パメラは分かりやすく機嫌良さそうに茶を飲み、そして話を続けた。


「先月……そのサマル伯爵が亡くなって、ご子息が伯爵位を継いだのだけど……グラディスはこれ以上辛い思いをしたくないと……籍を抜いて戻って来たのよ」


「離縁を?」


「ええ。グラディスの努力を全て否定していたご子息と一緒に居る事に耐えられなかったのね……。可哀想なグラディス……」


パメラが悲しそうな表情を作る。何だか演技がかっていてわざとらしい。


「その……ご息女はご一緒に?」


先程から名前も出ていない彼女の娘が気になった私はそれを尋ねた。


「いえ。置いていけと言われたらしいわ。グラディスは今、夫を亡くし、娘と引き離されて……本当に傷ついているの。だから此処に連れてきたって訳。きっとジョージに会えば少しは元気になると思って」


先月夫を亡くしたばかりの女性があんなに派手なドレスを着るものだろうか?


「そう……ですか」


心に引っかかるものが無いわけではない。しかしそれを口に出してしまうと彼女とジョージの間に私達以上の何かがある事を認めてしまうようで怖かった。


「彼女のご実家は負債を抱えた際に王都の屋敷を売り払っていてね。でもワッツ伯爵領の屋敷にはご両親、次期伯爵の兄夫婦とその子どもが居て、彼女の居場所はないようなの。

幸い、お金には困っていないらしいから王都に屋敷を構えたそうなんだけど……毎日広い屋敷で一人なんて、気が滅入ってしまうでしょう?そこで貴女にお願いがあるの」



「お願い……ですか?」


「そう。グラディスが寂しい思いをしない様に、彼女の相手をしてあげて?」


「私が……?」


「彼女……学園を卒業する前に結婚して隣国に渡ってしまったから、この国で社交の経験が殆どないの。友人と呼べる人間も居ないのよ?可哀想だと思わない?」


ならば貴女が面倒をみれば良いのでは……?そう思った気持ちが私の表情に表れていたようだ。


「私には子どもが二人も居るし、私には私の付き合いがあって忙しいの。貴女には子どもも居ないし、ジョージがしっかりしているから、そこまで忙しくないでしょう?」


私だってこのガーフィールド家の女主人としての務めがある。暇だと思われている事は単純に気分が悪かった。

しかし私が反論しようと口を開きかけたその時、ノックの音が聞こえた。


「あの……グラディス様がお帰りになるそうです……」


執事が申し訳なさそうな顔で立っている。

私としては、この馬鹿みたいな話にもう付き合わなくて済むと思えば、白髪頭の執事が天使に見えたのだった。





私とパメラが玄関ホールへ行くと、ジョージとグラディスが親しそうに笑い合っていた。


「もう!ジョージったら。そんな昔のことなんて思い出さないでよ!」


「いやぁ、あの時の君の顔……可笑しかったなぁ」



幼馴染。


私とジョージは婚約時に一度顔を合わせただけで結婚した。私の婚約が白紙に戻されて約半年程経った頃だ。そしてその半年後、私の卒業を待って式を挙げた。

彼女がジョージと過ごした時間は確かに私よりも多く、思い出だって数え切れない程だろう。

だが、私とジョージには夫婦としての絆があった。

正直、結婚して数カ月した頃、このガーフィールド家にも経済的危機が訪れた事があった。それを私とジョージ、お互い支え合い、手と手を取り合って乗り越えてきた。お互いが必要な存在なのだと確信を得た瞬間だったし、私にはその自負があった。

……なのに何故、私は二人の姿を見て胸がざわつくのだろう。どうしてこんなにも不安に飲み込まれそうになっているのだろう。自問自答しても……その答えにたどり着く事は出来なかった。







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