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第23話

「イライジャ、貴方働き過ぎよ」


流石の私も見過ごせない状況になってきた。私の妊娠が分かってからというもの、イライジャが私の仕事を奪っていく。


「休める時に休んでいます。大丈夫です」


「それっていつ?」


「よ、夜とか……」


いつになく歯切れが悪い。



「私が残した仕事が朝には仕上がっているのに?」



「…………」



私は知っている。執務室の灯りが夜通し点いている事を。メイド達も口々に言っていた『イライジャはいつ寝ているのか?』と。


「イライジャ、貴方今から休みを取りなさい。そうね……一週間ぐらい休む?」


「一週間?!それは仕事が滞ります」


「……悔しいけどその通りね。でも私が此処に戻ってもう三ヶ月。貴方は一日も休んでないわ」


「それはキルステン様も同じです」


「私は夜にちゃんと休んでいるわ。それに、体調次第では休ませて貰っているもの。それに今は『休暇』を取っている暇はないし」


父が取り組んでいた、この領地に平民の通える学校を造るという大きな事業は大詰めに入っていた。資金も十分に用意していたつもりだが、予定よりも費用が嵩んできてしまった。


「それは私も同じです」


「ねぇ……。確かに最初、私は全く仕事が出来ていなかったわ。ガーフィールド家でもジョージの仕事を手伝っていたし、もう少し自分でもやれると思っていたのに、役立たずだって事を痛感したの。でも、今は随分と仕事に慣れてきたし、私にも出来る事が増えた。貴方が私を信頼出来ないのは仕方ないけれど、もう少し任せてくれても良いと思うの」


私が当主の仕事を始めた当初、イライジャが全てに目を通して私のミスをカバーしてくれていた。何度も何度も『ここが違う』と言われ、辛くなった事もあった。でも今は少しはマシになったと自負している。


「信頼していないなんて、そんな事は……!」


「なら!!そう言ってくれるのなら、私に任せて休めるでしょう?」


「それとこれとは」


「別じゃないでしょう?これは命令よ。貴方がまた病気にでもなったら……貴方が前に勤めていた商会と同じになっちゃう。何のために父が貴方を助けたと思っているの?此処で同じ様に貴方をこき使う為じゃないのよ?そんなの……父が望んでいた事ではないわ」


「それはそうですが……」


「心配してくれているのは、分かってるの。凄くありがたいわ。でもね、ずっとイライジャに頼り切っていたら、私もいつまでも成長出来ない。私の為にも少し休んで……ね?」


「分かりました。では……一日休ませていただきます。それで十分です」


「一日?それではダメよ。なら……五日」


「無理です」


「なら三日。これ以上短くは出来ないから」


私の言葉にイライジャは無言になる。しかし、私は笑顔で、


「さぁ、部屋に戻って。いえ、何処かに出掛けても良いのよ?好きな様に過ごしてちょうだい」

とイライジャに小さく手を振って、執務室を追い出した。



「イライジャ……何度この部屋を覗けば気が済むの?」


「いや……私は忘れ物を取りに来ただけで……」


「さっきもそう言っていたわ。もう三度目よ?」


「そ、そうでしたね。最近忘れっぽくなってしまったみたいで……」


わざとらしく頭を掻くイライジャ。仕事を休ませた筈なのに、未だ燕尾服でウロウロしているのは何故なのか。


「イライジャ……」


私が長くため息を吐くと、イライジャは諦めた様に、


「お休みと言われても何をしたら良いのか……」

と困った顔をした。


「まず、着替えが必要ね。それと『何をしたら良いのか』じゃなくて何もしなくて良いの」


「何もしない……」


イライジャはそう一言呟いて……固まった。


「そうよ。昼寝でもしたら?」


「昼間っから眠れませんよ」


「眠らなくても良いの。体を横にして目を閉じるだけでも疲れは取れるわ」


「別に疲れていないので……」


「イライジャ。いい加減仕事の事は忘れなさい。頭を空っぽにしてゆっくりするの」



一、二時間おきに執務室に顔を覗かせるイライジャに苦笑した。どうも彼は休み方が分からない様だ。


私にそう言われたイライジャは諦めた様に、


「分かりました。では部屋でゆっくりさせていただきます。でも何かありましたら、直ぐにお声がけ下さい」

と頭を下げた。


「もちろんよ。安心して」


今日は面会の予定もなく比較的私もゆっくりと仕事をしているので、イライジャにそこまで心配して貰う必要はないのだが……。

私は、ふと良いアイデアを思いつく。

それを実行するべく、イライジャが出て行った部屋で、私はある人物に手紙を書いた。



イライジャに休暇を与えた二日目。私はイライジャを部屋へと呼んだ。


「お呼びでしょうか?」


突然呼ばれたイライジャは、いつもの燕尾服ではなく、シャツとトラウザーというラフなスタイルで、その上髪の毛もクシャッとした無造作な感じ。あまりにもいつもとは雰囲気が違っていて、私は驚いて目を丸くした。


「イライジャ……貴方癖毛だったのね」


そう言われたイライジャは自分の髪を少し摘むと、苦笑した。


「撫でつけていないと、こんな風で。それでどんな御用でしょうか?仕事なら、直ぐに着替えて……」


「仕事じゃないの。もうすぐ来ると思うんだけど……」


私の言葉と同時に部屋にノックが響く。



使用人に案内されてやって来たのはー


「こんにちは。いやーアンドレイニ伯爵自ら、この領を案内して下さるなんて嬉しい限りですよ」


と少し胡散臭い笑顔のサマル伯爵だった。


「サマル伯爵……?」

イライジャが驚くと同時にサマル伯爵もイライジャを見て、


「お!イライジャ。そんな格好をしていると前の君に戻ったみたいだな」

と笑った。


「ようこそ、サマル伯爵。実は我が領を案内するのは私ではなく、イライジャにお願いしてますの。よろしいかしら?」


にっこりと笑う私の表情を読む様に、サマル伯爵はスッと目を細めた。


「なるほど……。美女とデートと思ってお洒落をしてきたんですが、仕方ありません。イライジャ、よろしく頼むよ」



「デ、デートなんてキルステン様にそんな暇があるわけないじゃないですか!それより、キルステン様、これはどういう事です?」


「サマル伯爵にうち領地の良さを知ってもらいたいの。自慢の郷土料理も食べていただきたいから、ダンテのレストランで食事も良いわね。イライジャ、お願い出来るかしら?」


「どうして私が……」

と少し不満そうなイライジャの肩にガシッとサマル伯爵は腕を回し、


「たまには男同士仲良くしようじゃないか!さぁ、さぁ、行こう!」

と、肩を組んでグイグイと扉の方へと連れて行く。そして、そっと私の方に振り返ると、パチンとウィンクした。


流石サマル伯爵。私の言いたいことを直ぐに理解してくれた様だ。


イライジャは反論する間もなく、サマル伯爵に連れられて執務室を出て行った。


「さて、私は仕事の続きをしましょうか」



休むのが下手くそなイライジャを外に連れ出してくれたサマル伯爵には、後でお礼をしよう。そう思いながら、私はまた書類に視線を落とした。




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