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第2話

「ジョージ。貴方の留守中にお義姉様がお見えになったわ」


領地から予定より早く帰って来た夫の上着にブラシを掛けながら、私は言った。


夫はネクタイを緩めながら、


「そうか。……また金の無心かな」

と苦笑いする。


笑い事ではない。そう言ってしまえたら、どんなに気が楽だろう。だが、夫にとっては大切な姉だ。私はそれを曖昧に微笑む事で誤魔化した。


「あー疲れた」

着替えながら夫は大きく背伸びをした。


「予定より早く視察を済ませたのだし、馬車に乗っているのも疲れたでしょう。湯浴みの用意は出来てるわ」


彼の洋服を片付けている私をジョージは後ろから抱き締めた。


「キキに早く会いたかったんだ。もう……体調は良いんだろ?」



「ええ……」


ジョージが何を求めているのか分かった私は、恥ずかしさに頬を染めた。


「そうか!じゃあ、とりあえず湯浴みをしてくるかな」

私の答えに、ジョージはあからさまに嬉しそうな声を出した。


私はふと思い出した事を口にする。


「あ……そう言えばグラディスさん?だったかしら。その彼女が戻って来たと……お義姉様が」


私がそう言った途端、ジョージの体がピクリと揺れた。動きの止まったジョージの様子が気になって、彼の腕の中で振り返ろうと体を捻ると、ジョージは私から目を逸らす様に顔を背けた。


そして彼は私の体を手放す。急に温もりを失った背中が寂しさと冷たさを感じた。


「ジョージ?どうしたの?」


「い、いや……別に。やはり何だか疲れてしまった……今日は湯浴みをしたら直ぐに休む事にするよ」


ジョージの様子がおかしな事には直ぐに気づいた。だが『今夜はどうするの?』など女性の私から尋ねるのは恥ずかしい。


「そう、そうね。それが良いわ」


戸惑いながらもそう答えた私の声などジョージの耳には既に届いていないようだった。

そんな様子の夫に、その時何故か一抹の不安を覚えた。




それから……ジョージは物思いに耽る事が多くなった。


「ジョージ?ジョージ?!」


「え?あ、あぁ。キキか」


「『キキか……』じゃないわよ。さっきから呼んでるのに……」


「ごめん、ごめん。どうした?」


「シーメンス伯爵様がお見えよ。今度の共同事業の件で」


そう言われたジョージは胸ポケットの懐中時計を取り出した。


「あぁ!しまった!もうこんな時間か!」


ジョージは懐中時計を仕舞うと、慌てて書斎を出て行った。


扉が音を立てて閉まる。私はその扉をじっと見ていた。

領地から帰って来たあの夜から三日……ジョージは私に殆ど触れなくなった。月のものがある間でも、軽い口づけや触れ合いはあった。それに……月のものや体調が悪くない日は毎晩……。

子作りの為だけではない。私達の交わりには愛があった……筈だった。


「私……こんなはしたない女だったのかしら」


行為がない事をこんなに残念に思うなんて……。私は急に自分の淫らな思考を恥じた。



それ以外でもぼーっとしている事が増えたジョージが心配になる。



「ジョージ。何か心配事でもあるの?」


寝室に寝酒を運んだ私が尋ねると、彼はそのグラスに注いだ酒をグイッと一気に飲み干して、


「いや、別に。さぁ……もう寝よう。今日も疲れてしまったよ」

とさっさと一人寝台に潜り込む。


何だか誤魔化された様な気がしなくもないが、既に軽く寝息を立て始めた夫に、やはり疲れが溜まっているのだろうと無理やり自分を納得させた。






「ジョージはもう帰ってる?」


義姉のパメラが訪れたのは、夫が帰ってから四日目の事だった。


「姉さん、何か用かい?」


玄関ホールで私がパメラを迎え入れている背後から、夫のジョージが苦笑しながら現れた。

彼も義姉の目的には気付いている筈だ。


「あら!ジョージ元気そうね。

ウフフ。驚かないでね?今日はお客さんを連れてきたの!」

パメラは嬉しそうにそう言うと、自分が降りてきた馬車の方へと振り返る。


そこには馬車から降り立った赤い髪に緑の瞳の美しい女性が立っていた。

スラリとした手足にくびれた腰。全体的に細身であるのに、目を引く程の大きな胸を惜しげもなく強調するかの様に胸元の開いたドレス。

女性の私でも目のやり場に困ってしまうほどだ。



「グラディス……」

その女性を見て、夫がポツリと呟いた。彼の目は零れ落ちそうな程大きく見開かれている。



「ジョージ!久しぶりね!」


その美しい女性は赤い髪を靡かせて夫に走り寄ると、そのままの勢いで彼の胸に飛び込んだ。


「ジョージ……会いたかった」


「グ、……グラディス……」


驚きながらも胸に飛び込んだ彼女の肩にそっと触れる夫。

私の胸に嫉妬という醜い魔物が顔をチラリと覗かせていた。


二人はまるで周りに何者も居ないかの様に見つめ合った。所謂、二人の世界というやつだ。

女性の目は美しく潤んでいる。ジョージはその瞳に魅入られているかの様に彼女の肩に手を置いたまま動きを止めていた。


二人の様子に唖然としている私の肩に、パメラが手をボンと置いた。


「積もる話もあるでしょうから、二人っきりにさせてあげましょうよ。私達はあっちでお茶でも」


パメラが私の肩を引き、強引に二人から離そうとする。


「でも……お客様ならお相手を……」

私がその場から動こうとしない様子に彼女は、


「貴女って……空気の読めない人ね。貴女も私も邪魔者なの。分かるでしょう?さぁ、行くわよ」

とパメラはまるで今でもここは自分の家だと言わんばかりに、我が物顔で私の手を引いて、奥のサロンへと力ずくで連れて行った。


私は後ろ髪を引かれながらも玄関ホールを後するしかなかった。





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