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第17話


「奥様……本当に出ていかれるのですか?」


門の前に集まったメイドや使用人達の悲しそうな顔に、胸が少し痛んだ。

だがこれ以上ガーフィールド家の為に働く事は出来そうにない。私の心がそれを拒否している。


昨日深酒をしたジョージはまだ寝ているらしい。仕事に出ているうちに……と思っていたが、寝ている今が絶好のチャンスだと理解した私は、早朝、この家を出て行く事にした。

もうジョージと顔を合わせる事はないだろう。


「ええ。皆には本当にお世話になったわね。ありがとう」


私は執事に封筒の束を渡す。


「これは……?」


「使用人の皆に渡してちょうだい。手紙と……ほんの少しだけれど謝礼が入っているわ。

あ!安心して。ガーフィールド家のお金は使っていないの。私が実家から持って来た物を売ったお金よ」


花嫁道具だと父が持たしてくれた物が私には残っていた。ガーフィールド家が危なかった時、何度何度も売ろうとしたがジョージがそれを嫌がった。


彼なりのプライドだったのだと思う。今思うと……そういう所も好きだった。しかし、もう遠い昔の事の様だ。


「奥様……」


私に付いてくれていたメイド達が目を潤ませる。


「貴女達にも本当に感謝してるわ。ガーフィールド家が大変だった時にも、この家を見捨てず働いてくれた。これからもこの家をよろしくね」


「私達は奥様が居て下さったからこそ頑張れたのです。それなのに……」


「これからきっと新しい人間が此処に来るでしょう。貴女達なら大丈夫。直ぐに気に入られるわ」


彼女達をはじめ、この家で働く使用人達には本当に心から感謝している。

だからこそ、子を産めない私よりグラディスさんの方がこの家のためにもなる。そう私は自分に言い聞かせた。


「では皆元気でね」


「奥様、うちの馬車をお使い下さい」


「いいえ。この門を出たら私はガーフィールド家の者ではなくなるわ。大丈夫。乗り合い馬車も、もうそろそろ走っている時間だから」


私はそう言って小さな荷物を手に持った。ガーフィールド家のお金で買った物は全て置いていく。私は此処に嫁いできた時のワンピースに身を包んでいた。少し若作りかもしれないが、これも私のプライドだった。


もう振り返らない。


門を出る。私がキルステン・アンドレイニに戻った瞬間だった。






私が馬車乗り場を目指し、早朝の街を歩いていると、


「お嬢様!」


と声を掛けられる。声のする方を見れば、見慣れた実家の馬車と御者が目に入った。


「貴方は……!?どうしてこんな所に?」


ガーフィールド家から少し歩いた場所にある宿屋の前に馬車を停めた御者が、私に駆け寄った。



「いや……イライジャに言われた通りで私の方がびっくりしています」


声をかけた側の御者の方が何故か驚いていた。


「イライジャ?」


「はい……。そろそろお嬢様がガーフィールド家から実家に戻る筈だとイライジャが。そう言われて馬車で昨晩こちらに着きまして、この宿屋に泊まってお嬢様をお待ちしておりました。

イライジャからはくれぐれも乗り合い馬車などに乗せるなときつく言われておりまして……朝早かったんですが、出逢えて良かったですよ!イライジャに怒られずに済みます」


御者は早口ながらもホッとしたように微笑んだ。しかし、すぐさま暗い表情を浮かべる。


「お嬢様……何があったのかは私にはわかりませんが……一緒に戻りましょう、アンドレイニ伯爵家へ」


「ええ、そうね。帰りましょう、我が家へ。……もう!そんな顔をしないの!私は大丈夫だから!」


私は上手く笑顔を作れているだろうか?心配そうな顔の御者を安心させる事が出来ているだろうか?


自信のなかった私は直ぐに鞄を御者に預け、馬車に乗り込んだ。

この前この馬車に乗った時には……まだまだジョージとやり直せると思っていたのに……。そう思ったが、私は頭を強く振ってその考えを振り払った。もう終わった事だ。


しかし……どうしてイライジャは私が今日ガーフィールド家を出て行くとわかったのだろう?

私が『実家に戻る事になった』と簡潔な一文を送ったのは、教会に行ったあの日だ。それから約五日。何故今日だとわかったのだろう。

イライジャと話した時に感じた、全てを見透かされた様な感覚が蘇る。……不思議な男だ。


この時間に王都を出れば、夕方にはアンドレイニ伯爵領へと辿り着くだろう。私は窓の外の流れる景色に目をやる。……ここに戻って来る事は当分ないだろう。流石に離縁して直ぐに社交に戻る気持ちにはなれない。


実家は今、母を領主代理としてなんとか領地経営に取り組んでいる事だろう。

もし許されるのなら、私がその役割を担っても良いと私は考えていた。弟が成人するまで。私は実家の為に精一杯働こう。

その後は……その時考えれば良い。なんなら修道院に入ったって構わない。

私はその決心を胸に、アンドレイニ伯爵領で待つ家族へと思いを馳せた。


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