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第15話

「奥様、王家の紋章の入った封書が届いておりますが……」

執事が戸惑いながら、私に差し出してきた。



私はチラリとその封が開いていない事を確認した。


「ありがとう。待っていた物よ」

私がにこやかにそれを手にする。しかし執事の顔は正反対に曇っていた。


「奥様……差し支えなければ内容についてお伺いしても?」


「そうね、貴方にも知る権利はあるのだけれど……やはりジョージに話してからにしましょう」


執事はその言葉にますます顔を曇らせた。今にも雨が降り出しそうな程に彼の顔は暗い。



執事は意を決したかの様な表情で口を開いた。


「ガーフィールド家を……捨てるのですか?」


上手い言い回しだと感心する。ジョージを捨てるのか?ではなく「ガーフィールド家」という言葉を使うことで、私にジョージだけではなく、この家に関わる全ての人たちを捨てるのか?と情に訴える様な言い回しだ。痛い所を突いてくる。


「……捨てたのはジョージの方よ。いえ……『捨てた』ではなく『選んだ』と言ったほうが良いのかもしれないわね」



「グラディス様はこの家に相応しくありません」


執事の口調ははっきりとしたものだった。彼は私とジョージの間の深い溝と問題に気づいていたのだ。きっとジョージ本人よりも早く。


「それを言うなら私も相応しくないわ。石女は大人しく退場しなくては」


「誰がそんな事を……っ!奥様。私はガーフィールド家にも旦那様にも相応しいのは奥様を置いて他には居ないと思っております。考え直して下さい」


「無理よ」


私のきっぱりとした物言いに執事は困惑した。


「どうしても……ですか?」


「ええ、どうしても、よ。私が実家に帰っている間……どうせジョージはグラディスさんと会っていたのでしょう?貴方はそれを目の当たりにしていたのではない?何なら私がここにいた時にでさえ、内緒で会っていたのではないかしら?そうね……例えば社交倶楽部だと嘘をついて」


ハッタリだったが、執事の眉がピクリと動いたのを私は見逃さなかった。図星のようだ。

執事は黙り込む。


「沈黙は肯定と受け取るわ。貴方はそれを知っていてジョージの事は見逃していたのでしょう?見て見ぬふりをして。私にバレなければ良いと?それとも私は黙って目を瞑っていれば良いと?」


「そんな事はありません!!一応……私も旦那様には忠告したのです。しかし……」


「それがジョージの選んだ答えよ」


「違います!旦那様はただ……懐かしかっただけなのです。昔を思い出し、その時の感情をなぞっているだけにすぎません。一時の気の迷い!既に旦那様はそれに気づいておられます。最近はずっとお誘いを……断っておいでです」


私の様子がおかしいから、断っているだけ。もし私がいつも通りに戻れば直ぐにでもグラディスさんに会いに行くはずだ。試してみても良い。


「正直……もうどうでも良いのよ。ジョージがグラディスさんと、どうなろうと。これは悔し紛れでも何でもないの。本当に心の底からどうでも良いの」


私の言葉に執事はがっくりと肩を落とした。





「ジョージ、少しお話があるの」


久しぶりに食堂に顔を出した私に、ジョージは嬉しそうに聞き返す。


「話し?改まってなんだい?」


「せっかくだから食事が終わってからにしましょう。寝る前でも構わないから、少しお時間をいただいても?」


「もちろんさ。今日はキキも体調が良さそうで安心したよ。そうだ……それならゆっくり夫婦の寝室でお喋りしないか?それなら眠くなっても問題ないし」


ジョージのその言葉に色を感じて鳥肌が立った。


「いえ……。まだそんなに体調が良いわけではないの。お食事だって随分と量を減らして貰ったんですもの」


ジョージは私の手元に視線を移す。


「そうみたいだね。まだ食欲は出ない?」


「そうね。でも食べられない事はないわ。とても美味しいし」


そう言って私はにっこりと微笑んだ。

体調はイマイチだが、気分はすこぶる良い。だって私の手元には離縁を許可する陛下からの書状があるのだから。


「そうか……なら、無理は良くないな」


残念そうにするジョージに呆れる。

たったらグラディスさんに相手してもらえば良いのに。

まぁ、そこまで私が心配する必要はない。どうせ私が居なくなれば直ぐにでも彼女をこの屋敷に呼び寄せるだろう。



「ええ。そうねぇ……じゃあサロンでお話しましょう」


「サロン……?」


ほんの少し不穏な空気を感じ取ったのか、ジョージが眉をひそめて私を見るが、その視線を躱すように私は食事中の皿に視線を落とした。

今どんな話かを説明させられるのは面倒な上に、食事が不味くなる。

食欲のない私でも、出された物は美味しく食べたかった。





「おい。改めて話なんて……何だか緊張するな。どういう風の吹き回しだい?」


サロンで待つ私の元に、ジョージがぎこちない笑顔を見せながらやって来た。


「ちょっと座って?お茶でも飲む?」


穏やかに話す私に、ジョージは少しだけ顔をほころばせた。


「そうだな……酒でも飲もうかな?」


その言葉に私は近くのメイドに頷いて見せた。あまり酔ってしまうと困るのだけど……まぁ、それぐらいは許しても良い。


「最近はゆっくり話も出来てなかったから、少し照れるな。で?話ってなんだい?」


ジョージはほんの少し早口になりながら尋ねる。手には酒のグラスが握られていた。



そんな彼の目の前に私は徐ろに紙を差し出した。


「私と離縁していただきます」


そう言ってにっこりと笑う私をジョージは信じられない様な表情で見詰める。その手のグラスからはトプトプと酒がテーブルに溢れていた。

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