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第13話

「ただいま」


玄関ホールでジョージの声が聞こえる。

あれから……自分がどうやって此処まで帰ってきたのか覚えていない。御者が何度も『大丈夫ですか?顔色が……』と私を心配していた事だけを覚えていた。



私があの時見た光景は、現実だったのだろうか?いや……この胸の痛みがアレは現実だったと私に伝えていた。



廊下の足音が近づいて来る。ノックの音と共にジョージが扉を開けた。



「キキ!帰ってきたのか?今、皆に聞いてビックリしたよ!教えてくれていたら屋敷で待っていたのに!」


そう言いながらジョージは部屋へと入って来た。


「……ええ。私もさっき戻って来た所。ジョージも出掛けていたの?」


『出掛けていたの?』か……自分でも何と白々しい言葉かと驚いた。そして、それを平然とした顔で言っている自分にも驚く。



「ああ。ちょっと仕事でね」


「そう……。お疲れ様」


ジョージが近づいて私を抱き締めようとした。私はそれを無意識に避ける。


「……キキ?」


「何だか疲れてしまって。今日はもう休ませて貰っても良いかしら?」


「それは構わないが、夕食は?」


「ごめんなさい。それより今は休みたいの」


「そうか。伯爵が亡くなって色々と忙しかっただろう?ゆっくり休むと良い」


優しくしないで!私の事なんて考えていないくせに!……そう私が此処で声を張り上げたら、貴方はどんな顔をするのかしら?

無理ね。私にはそれをする覚悟は今はまだない。


私は本心とは裏腹に、


「ありがとう」

そう言って彼に微笑みかけていた。



湯浴みをして寝台に横たわる。もちろん自分の部屋だ。

正直……もう二度とジョージに触れられたくない。


ジョージはきっとグラディスさんを忘れていなかったのだろう。

何度も何度もグラディスさんやパメラに言われていたじゃないか、二人はとても想い合っていたと。


「馬鹿みたい……」


私は滲む天井を見つめながら一人呟いた。流れた涙が耳の上を通って枕に吸い込まれていく。私はその涙を拭うこともせず、そのまま暗い天井を見つめていた。


ジョージと結婚してから今までの事が走馬灯の様に思い出される。


結婚式で緊張して誓いの口づけをベールを捲らずにしようとしたジョージ。


ガーフィールド家が危なかった時に色んな人へと頭を下げ、事業を回して貰える様に夜中まで駆け回っていたジョージ。ジョージの為人に一人、二人とガーフィールド家に仕事を回してくれる人が増えて……あの時は二人で抱き合って喜んだっけ。


私とジョージの絆はグラディスさんとの思い出に勝てなかった。


でも一番悲しかった事。それは私を『石女』と呼んだグラディスさんにジョージが何も言わなかった事だった。『焦らなくて良い』と言っていた彼の言葉を一瞬にして信じられなくなった。


「もう終わりね……」



枕が冷たい。それは私の心と体の熱をどんどんと奪っていく様だった。




「キキ、最近僕を避けてる?」


「気の所為じゃない?ごめんなさい、忙しいの」



私は仲良しの侯爵夫人のお茶会に向かう準備をしていた。

その最中にジョージが話しかけてきた。


私が領地から帰って三日。私は朝食も昼食も夕食も自室で摂っていた。

流石にここまですればジョージも気づく。だけど、まだだ。私は全てを無責任に投げ出すつもりはない。『立つ鳥跡を濁さず』私は私のやるべき事をやって……此処を出て行くつもりだった。



「じゃあ何故食事を一緒に摂らない?」


「言ったでしょう?気分が優れないからよ。もう出かけるの。どいてくれる?」


部屋の扉の前に立つジョージの横をすり抜けてノブに手をかけた。


するとジョージか私の左手首を掴む。


「待てよ!気分が悪いのにお茶会には行くのか?」


私は強くジョージの手を振りほどく。……嫌悪感で吐きそうだ。


「お茶会は随分前から決まっていた事よ。侯爵夫人の機嫌を損ねる訳にはいかないわ」


ジョージは強く振りほどかれた自分の手を見つめていた。普段は大人しい私のこの態度に怒りより驚きの方が大きい様だ。


「……キキ、僕は何かしたのか?」


「…………」


否定も肯定もしない私に、ジョージは不安げな顔をした。


「キキ、怒っているのならそう言ってほしい。何が君の気に障ったのか、言って貰わなきゃわからない」



「……じゃあ逆に訊くわ。貴方は何か心当たりはある?」


一瞬ジョージの顔色が変わる。しかし直ぐに、


「いや。分からないから訊いているんだ」

と否定した。


私はそれについては何も言わず、


「じゃあ出掛けてきます」

とだけ言って部屋を出た。




「まぁ、まぁ、キルステンさん。今日は皆様に?」



「ええ。未熟な私がなんとか伯爵夫人としてここまでやってこられたのは、皆様のお導きがあってこそ。改めてお礼をと思いながら、随分と時間が経ってしまいました」


「あらやだ。改めて……なんて水くさい」


「そうよ。キルステンさんは私達の妹や娘みたいなものだもの。もっと甘えて欲しいくらいだわ」



お茶会に出席しているご婦人方に、私は一人一人を思って贈り物を選んだ。

学園を卒業して直ぐに伯爵夫人となってしまった私は、この方々のお陰で、何とか一人前の顔をして居られたのだ。


アンドレイニ伯爵領に戻れば、この様なお茶会に出席する機会はぐんと減るだろう。次に皆様に会えるのは王家主催の夜会ぐらいなものだ。


お礼を形に。その思いから選んだ贈り物は皆に喜ばれ、お茶会は幕を閉じた。



次は教会だ。我が国では女性からでも離縁を申し出る事が出来る。それにはそれなりの理由が必要なのだが……。


「ガーフィールド伯爵夫人。お久しぶりですね」


「ご無沙汰してしまって申し訳ありません」


「いえ、いえ。いつも寄付をありがとうございます。バザーに出される伯爵夫人の刺繍はとても好評でしてね。本当に助かっておりますよ」


「それは良かったですわ。実は司祭様に折り入ってお話がございまして……」


「ほう……。それはどんなお話でしょう?」



「私、夫との離縁を考えておりますの」



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