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第10話


父の棺に土がかけられ、埋もれて見えなくなっていく。

母はその様子に気を失い倒れてしまった。

それを抱きとめて馬車へと運ぶのは、昨日此処に私達が到着した時に出迎えた人物……執事のイライジャだ。


私が嫁ぐ前にうちで働いていた老執事は高齢の為に退職していた。

新しく来た執事、それが彼だ。


私はなんとか気力を振り絞って、父の最期を見送るが、私も気を抜くと泣き崩れてしまいそうになる。幼いサミュエルはまだ死の意味をはっきりとは理解出来ていない様だが、この独特な雰囲気に呑まれ、ずっと泣いていた。


そんな私を隣でジョージがしっかりと肩を抱いて慰めてくれていた。

こんな時……一人でなくて良かったと実感する。やはり私にはジョージが必要なのだ。





「すまないな……。本当ならずっと側に居てやりたいんだが」


「いいの。貴方は先に帰って。シーメンス伯爵との話し合いも大詰めでしょう?此処に一緒に来てくれただけでも本当に心強かったわ」


「当たり前じゃないか。僕達は夫婦だろ?お義父様にも本当に世話になった。最期を見送るのは僕にとっても重要な事だ」


「ありがとう。父も貴方には感謝していると思うわ。気をつけて帰ってね」


「……キキ、本当に大丈夫か?」


「ええ……。昨日父とはきちんとお別れをしたし、その時に一生分の涙を流したもの。

これからは今後のアンドレイニ伯爵家の事を考えなければ。親戚の……厄介な人達が手ぐすね引いて待ってるの。

サミュエルがこの家を継げる歳になるまで、どうする事がこの家の為になるのか……それを考えなければ」


「キキ……あまり無理はするなよ」


ジョージが私の肩に手を置いた。私はその手に自分の手をそっと重ねる。



「ええ、分かってる。ある程度落ち着いてから帰るつもり。なるべく早く帰るわ」


「慌てなくて良いよ。君はいつも僕の留守には代わりに仕事してくれているんだ。今度は僕の番だ」



「フフッ。ならジョージがご婦人方のお茶会に参加する?」


「うーーん……。それはちょっと勘弁してほしいかな」


私達は微笑みあった。


「じゃあ」


「ええ。気をつけて」


私はジョージの乗った馬車を見送った。彼は小さくなるまで、私に手を振ってくれていた。





馬車を見送ってから玄関ホールに戻ると、イライジャが待っていた。


「昨日はバタバタとしておりまして、きちんと挨拶も出来ずに申し訳ありませんでした。半年程前からこちらで勤めさせていただいております、イライジャと申します」


彼はきっちりと執事の制服である燕尾服を着込み、手を胸に私に頭を下げた。白い手袋が眩しい。


「私もちゃんと挨拶出来ていなかったわ。はじめまして。キルステン・ガーフィールドです。もうこの家を出てから三年になります」


「承知しております。よく旦那様が褒めていらっしゃった」


「私を?」


「はい。優しくて忍耐強く、賢い子だと」


「買いかぶり過ぎだわ」


「そうですか?」


「ええ。私は平凡な女よ。ところで……貴方はこの国の出身ではないの?」

彼の黒髪はこの国では珍しかった。


「はい。エクシリアの出身です」


「まぁ……随分と遠くから……」


「はい。隣国で働いている時に旦那様に出会いまして。命を助けていただきました」


「命を?」


そのタイミングで、メイドが奥からやって来た。


「お夕食の準備が出来ました。おや?ガーフィールド伯爵は?」


「ごめんなさい。どうしても穴を開けられない仕事があって、一足先に帰ったばかりなの。夕食無駄になってしまうかしら?」


「お気になさらず。その時は私らで頂くよう言われておりますから」


メイドに促され、話の途中であったが私はイライジャと別れ食堂へと向かった。





「サミュエルが成人になるまで……あと十一年ね」



「私が……当主代理を務めるしかないわよね……」


母は顔色が悪いながらも、しっかりと頷いた。



「そうね……。陛下からの許可が下りればそれで問題ないとは思うわ。早速叔父さんが後継について口を出してきたし……」


私も色々考えたが、親戚に代理でも任せてしまうと、そのまま乗っ取られそうで怖い。


実は我が領地には大きな鉱山がある。

お陰でうちは裕福な部類に入るのだが、派手な生活を好まなかった父の方針で、伯爵として標準的な暮らしをしていると思う。過度に稼ごうともしていなかったし。

領民が豊かに暮らせれば良い……それが父の考え方だった。


実はこの事はジョージにも言っていない。いや……言うつもりだったのだ。パメラの一件がなければ。

パメラが派手好きな浪費家だと気づいた私は、ジョージにも実家の状況を話したことはない。


「そうね。私が頑張るわ。イライジャも居るし」


私はここで、夕食前に話していたイライジャの『命を助けて貰った』という言葉を思い出した。



「彼は異国の人なのね。お父様が助けたって……」


「隣国にお父様がお仕事で行った時、商会で働いていたイライジャと知り合ったみたいなの。実は私も詳しい事は聞いていないのだけれど、イライジャは事情があって祖国を離れ、隣国に来ていたらしいの。だけど、異国人だからなのか随分と薄給で働かされていて……イライジャはその内病気になってしまったの。でも病院に入院するお金もなくて。それを代わりに出してあげたのがお父様」


「なるほど……。彼はもう元気なの?」


「ええ、すっかり元気よ。でもそのままそこの商会で働いていたらまた病気になるって、お父様がうちの執事にスカウトしたの。トーマがもう高齢で引退を考えていた頃だったし」


トーマというのは私がずっと世話になっていた老執事の名前だ。


「なら、お父様はイライジャの事情を?」


「いいえ、お父様は『小さな事だ』と何も気にしていなかったから……お父様も知らないと思うわ」


母はそう寂しそうに微笑んだ。父は豪放磊落な人間だった。そんな父を思い出しているのだろう。


「お父様ならそう言いそうだわ」


「でしょう?でもイライジャはとても優秀な執事よ。あまり無駄口を叩くタイプではないけど」


確かに見た目はクールな印象だ。


「お母様、何かあったら直ぐに言ってね。あまり無理はしないで。約束よ」


私の言葉に、母は少し躊躇った様に言った。


「キルステン……貴女、婚家で辛い思いなどしていない?」


母が心配している事、訊きたい事の意味は分かっている。……私に子がない事で、肩身の狭い思いをしているのではないかと心配で堪らないのだろう。




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