白い夢の中
目を開くとそこは一面真っ白な世界。
目の前に全身真っ白な衣服を纏った妙齢の美女が立っている。
「高橋敬太さん。こんにちは。あなたの言語で語りかけているつもりですが、通じていますか?」
「えっと…?」
「突然、お呼びして申し訳ございません。」
女性は深々とお辞儀をした。
「ここはどこですか?」
「ここはあなたの夢の中。私はエリシア。この世界の神と呼ばれる存在です。」
「……神?」
神を名乗るその女性は口角を上げて一歩前に踏み出す。そして僕の手を手に取ると、強く握りしめる。
「あなたに使命を授けます。」
「…はい?」
女性は指をパチンと鳴らした。すると突然、目の前に真っ白な椅子が二脚とテーブルが出現した。
「さあ、椅子にかけてください。」
女性は片方の椅子を引き、俺を手招きする。
「えっ?あ、はい。」
言われた通りに椅子に座る。
女性はテーブルの向こう側にある、もう一つの椅子に座った。
女性が再び指を鳴らす。すると目の前にティーカップやティーポットなど、おそらく紅茶を淹れるための道具が出現した。詳しくは知らない。
正式な作法だろうか?女性は手際良く慣れた手つきで紅茶を淹れる準備を始める。
ここはどこだろうか…?昨日は何をしたかかな?確か…いつも通りにバイトが終わってから寝たよな。…うん、寝た。俺の夢の中と言っていたけど…?神?使命?
疑問が尽きない。
あれこれ考えていると
「お待たせしました。お楽しみください。」
女性がティーカップを俺に差し出す。
「は、はい。ありがとうございます。」
茶色い液体の入ったティーカップを手に取り、匂いを嗅ぐ。そして少し唇をつけてみる。
紅茶だ。夢の中にしては、かなりリアルな紅茶だ。
女性は満面の笑みで僕が紅茶を飲む様子を見ている。こんな見られていると、すごく緊張する。
「どうですか?」
女性は目をキラキラさせながら僕に問いかけた。
「お、美味しいです。」
正直、紅茶の良し悪しなんて分からないが、無難に回答する。
女性は上機嫌となる。
しばらく女性はニコニコしながら僕が紅茶を飲むのを見ている。なんだかむず痒い。
ずっと紅茶を飲むのを見られ続けられるのは嫌なので、先ほど湧いた疑問を尋ねてみる。
「あの…あなたは…?」
「エリシアと申します。この世界の神と言われる存在。そう解釈して大丈夫です。」
「神様ですか。…神様とお呼びしてもよろしいですか?」
「エリシアとお呼びください。」
「分かりました。その、エリシアさんは僕に何か御用がおありで?というか、ここは…?夢の中だと仰っていましたが…。」
「はい、あなたの夢の中です。厳密に言いますと、あなたの次の人生の夢の中です。」
「次の?…人生?」
「今のあなた視点で言えば来世と言うべきですね。あなたは一度死に、この世界に転生しております。今、私と会話しているあなたは前世の記憶ということになります。」
「転生ですか?うーん。……夢ってことですね。」
俺が死んだ?そして転生した?全く意味がわからない。
ちょっとリアルな夢くらいに思いながら、考えるのを放棄した。そして、ゆっくり紅茶をすする。
エリシアさんはそんな俺にお構いなしに話を続ける。
「なぜ前世の記憶であるケンタさんにこの話をしているのかと言いますと、今世のあなたと目の前に居る前世の記憶であるあなたを統合したいと思います。そして重大な使命を与えます。しかし、転生したあなたはまだ十歳と幼い。精神的に未熟な十歳の子どもに記憶の統合による苦痛を味合わせるのは忍びなく…。」
「…はあ、まあ、何というか…。」
とてつもない情報量。まあ、夢だしどうでもいいや。
「まず、始めに記憶の統合を行います。よろしいですか?」
「は、はい。統合ですか。はい。」
よく分からないまま返答する。
「とても大切なことなのですが、これから行うことはケンタさんに苦痛を与えてしまうことになります。」
「えっと…痛いですか?」
「はい、ものすごく痛いです。経験したことのないほどの頭痛が瞬間的に襲います…。」
エリシアさんはとても申し訳なさそうに言った。
「………。もし、断ったらどうなりますか?」
しばし沈黙。
「…とても困ります。」
「具体的にはどのような困り事が?」
エリシアさんは下を向き、ボソボソとした、か細い声で答える
「私はこの使命を託す者を千年待ち続けました。私が地上の者に介入できるチャンスは千年に一度しかありません。もし、断られてしまうと…また千年待つことになります。」
「…千年。その、使命とはどのようなモノですか?」
「それは…今のケンタさんにお伝えする事はできません。稀に前世の記憶を取り戻すことがあります。今世のあなたが前世の記憶を取り戻したら、今、この時の記憶も取り戻すことになります。もし、ケンタさんが使命の内容を聞いた上で断り、今世のあなたが記憶を取り戻したら……。後悔することになると思います。」
「……。」
しばらくお互い無言になる。
状況を整理すると、もし断ればエリシアさんは千年待つ。そして今世の自分が後悔する。うーん…分からん。
まあ、『やらぬ後悔より、やる後悔』とマキャベリさんも言っていたし…。
「分かりました。煮るなり焼くなり好きにしちゃってください。」
まあ、夢だし。
「本当ですか!ありがとうございます!」
俺の判断を下を向いて恐る恐る待っていたエリシアさんの顔が一気に晴れた。