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短編

勇者召喚とはいうけれど

作者: 猫宮蒼



 世界は未曽有の危機に晒されていた。


 地底世界にて暮らしていた魔族の地上侵攻。人よりも遥かに力を持った種族によって人類はあっという間に滅亡の危機に瀕するようになった。

 人類が最後の希望とばかりに手を伸ばしたのは、異世界より勇者を召喚するというかつて神より与えられし奇跡の御業である。


 過去にも似たような危機が訪れた時、勇者召喚は成された。

 そうして勇者によって危機は去り、人類には平和が訪れたのである。

 過去にもそういった事があった、という伝承がある以上、今回の危機にその手段を選ばないはずがない。


 そうして召喚されてきたのは一人の女だった。

 到底戦えるようには見えないため、もしや失敗したのだろうか……と召喚の儀に関わった者たちは内心でガッカリした。再度儀式をやり直そうにも、そう何度も気軽にできるものではないのだ。

 召喚するための魔力は術者だけで賄いきれるものではなく、魔石などに魔力をため込んだりもした。そうしないと召喚の儀に関わる術者全員の命が危うい。


 再度やり直すためには、魔石に相当量の魔力を補填しなければならない。この儀式のための準備にかかったのは、儀式を行うと決めてから実に二年。やろうと決めたからとてすぐにできるものでもなかった。

 再度儀式をやり直すのであれば、最低でもまた二年の月日が必要となる。

 魔力以外にも、召喚の儀式に必要な条件はいくつかあった。それら全てを満たした状態で儀式を実行するとなると、最低でもそれだけの時間はかかる。


 儀式は失敗した。

 内心でそう思いながらも、しかしもしかしたら……と一縷の望みに縋りその場にいた責任者――儀式決行を決めた王である――は女にこの世界の状況を説明し、どうか勇者として助けてほしいと懇願した。

 成功していたなら何も問題は無し。万一失敗していたとしても、多少の時間稼ぎくらいにはなるだろう。そういった思惑で。

 女は王の話術にまんまと乗せられ、それは大変ですね……私でよければ力になります、とあっさりと頷いた。内心で王はほくそ笑んだ。

 流石に本人に向けて言える事ではないが、すぐに死ななきゃそれでいい。儀式をやり直すためには最低でも二年。せめて、それだけの時間を稼ぐことができればこの女がどうなろうと知った事ではなかった。


 確かに過去、異世界の勇者によってこの世界は救われてきた。が、あくまでも勇者は異邦人。この世界にとっての異物である。王はそう考えていた。

 既に滅んだ各国の王も恐らくは同じ考えだっただろう。勇者召喚の儀式については他の国にも伝承として伝わっていたが、他の国で勇者召喚をしたかどうかは定かではない。仮に召喚できていたならそいつらが時間を稼いでくれるかもしれないが、期待はできない。


 勇者と呼んだとはいえ、使えそうにない女一人。流石にそれをそのまま放り出すような真似はどうかと思ったが、しかし女は大丈夫ですよ、となんて事のないようにのたまった。一応、護衛というか監視をつけておこうかと思ったが、向こうがそう言うならばいいだろう。王はそう判断した。


 かくしてこの世界に勇者として召喚された女は、たった一人で魔族を倒すべく戦場へと向かったのである。



 さて、女が旅立って数か月。魔族の侵攻が若干緩んだ事に気付いた王国は今のうちにと様々な準備を開始した。元々既に実行していたものもあったが、今まで以上に取り掛かれるなら今のうちに、そう思ったのはある意味で当然である。


 女がどういったルートで移動しているのかは監視をつける事もなかったのでいまいちわからなかったが、それでも魔族の侵攻が若干とはいえ大人しくなったのであれば、まったく役に立たないというわけでもない。

 案外本当に勇者なのかもしれん、と王は一瞬だけ思ったが、しかしそれでも次の儀式の準備は怠らなかった。


 女が召喚されて一年が経った頃には、ぱたりと魔族の侵攻が止んだ。

 最終防衛ラインにて戦っていた兵士たちも、魔族の姿をとんと見かけなくなりこれはもしかしたらもしかして……!? と期待を抱いたりもした。

 魔族を倒して仮に女が無事であったなら、そのうちこちらに戻ってくるだろう。だが、万一相打ちだった場合は……まぁ、それならそれで手間が省けた、と王は思った。

 かつて、異世界から召喚した勇者を勿論元の世界に帰すための儀式もあったのだが、長い年月が過ぎていくうちにそちらの術だけ失われてしまっていたのだ。


 中には元の世界に戻りたくない、なんて言ってこちらの世界で過ごした者もいたようだけれど召喚した勇者全てが元の世界を捨てたわけではない。

 帰りたいがために必死になった勇者も勿論いたのだ。


 そういった勇者を過去、召喚した者たちが果たしてどうしたかは……戻せないのだから言うまでもない事だろう。



 もしあの女が戻ってきたとして、元の世界に帰せる方法が既に消失している以上帰せるはずもない。

 王としては、戻ってこない事を願った。その方が手っ取り早いので。


 次の召喚の準備が整うまでにあと一年ほどかかるが、魔族の侵攻が止んだ事で急いで支度をする必要がなくなったように思えたが、それでも王は水面下で次の召喚のための準備を怠らなかった。魔族たちが大人しいのが今だけで、何かの罠の可能性も勿論あったからだ。

 だがしかし、そこから更に半年が経過しても魔族が襲ってくる様子はなく、また各地で魔族を見る・見たという者たちもいなかった。


 女が戻ってくる気配もこれっぽっちもなかったけれど、しかしこれは間違いなく平和が訪れたのではないか……? そう思える程に、魔族の影も形も見なくなり王や兵士たちはまだ油断できないと思っていたものの、戦う力もないような民たちは一足早く平和になったのだと大いに沸いた。

 喜びを隠しきれない民に、流石に水を差すわけにもいかず念の為残党がまだ残っているかもしれないから完全に油断しないように、ともっともらしい事だけは告げておく。

 勇者として呼ばれた女が一体どこで何をどうしたのか、というのがわからないのでどういう経緯で魔族が襲ってこなくなったのかもわからないが、そこら辺は適当に話をでっちあげてしまえばいい。

 どうせ民がそれが本当かどうかを確認できるかとなれば、まぁ、無理なので。説得力さえそこそこあれば多少できすぎた話であってもヒトというのは都合の良いように思いこむ。


 そこから更に月日が過ぎて、女を召喚してからそろそろ二年の月日が流れるあたりで。

 魔族の目撃情報が一切無かったことでこれは本当に平和が訪れたのではないか、と思った兵士たちも徐々に平和を噛みしめるようになり、こうまで浮き立った空気になれば流石に王も何もしないわけにもいかず。


 本来ならば次の召喚をする予定だったが、肝心の敵と呼ぶべきはずの魔族の姿も見えないので召喚をするわけにもいかない。訪れた平和をようやくといった感じで受け入れる事にして、盛大な宴を開こうかという事になった。

 勇者がこの場にいないのは大いに残念ではあるが、いたとしても元の世界に戻せないのだ。ならば、きっとこれで良かったのだろう。



 ――と、王は自分の中でそんな風に綺麗に纏めてこの一件を終わったものだと思い始めていたのだが。


「お久しぶりです王様」


 宴の最中に、彼女は現れた。

 二年ほど前、勇者召喚で呼び出した女。魔族を倒しにいくべく一人で旅立った女。

 ほとんどどこで何をしていたのかさっぱりわからなかった女が、二年前と変わらぬ姿で現れたのである。

 魔族たちを引きつれて。


 平和を享受せんがための宴は突如として阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 女と共に現れた魔族は一人や二人ではないのだ。まさに軍勢と呼ぶに相応しい程に存在していて、見回せば逃げ場もないというのが一目瞭然であった。


「ゆ、勇者よ、久しいな。しかしこれは……」

「あ、はい。大した事ではないのですが。誘拐犯をぶち殺しにきました♪」


 人類を魔族側が包囲している、というだけであれば勇者もまた包囲される側であるはずだ。

 しかし魔族たちは勇者を敵とみているような感じではない。むしろ勇者として召喚された女を何かあったらすぐさま守れるように、という風にポジションを取ってる者もいる。


「ローザ、その言い方だけでは理解できないだろう」


 魔族の一人、がっしりとした体躯の美丈夫がそう言った事で、勇者――ローザと呼ばれていた――は、

「あ、そうでした」

 とややオーバーなアクションでポンと掌を打った。


 王たちを取り囲んでいる魔族たちは、大まかには人とそこまで違わない。ただ、羽が生えていて角があって尻尾があるくらいだ。それがなければ、魔族もヒトもそう変わらないと断じただろう。

 まぁ、魔族の方が圧倒的に魔力を内包している事もあって、いくら見た目が似通っていようとも大きな違いは確かにそこにあるのだが。


「ある日突然姿を消した恋人とまさかここで再会できるとは思っていませんでした。えぇ、聞けばかつて彼もまた勇者として召喚されたのだとか。

 で、魔族たちとは話し合いで事を収めようとして、どうにか上手くいきそうだったのにまさかの帰せない宣言。

 ねぇ王様、考えた事あります? 召喚された者たちの故郷や、そこにいる友人や家族たちの事」


「む、そ、それは……」


「大方異世界の人間なんてこの世界にとってはどうなったとしても関係ないとでも思ってましたか? でも、残念でしたね。今日ここで、アナタたちは今までの行いを清算しなければならなくなりました」


「まっ、待ってくれ……話せばわかる、話せば」

「何がわかるんですか? 人類のクズさ加減? じゃあ別に知らないままで結構です」


 ローザが合図するのと魔族たちが行動に移るのとは、ほぼ同時だった。


 待ってくれ、と制止しようとした者たちの言葉も動作も何もかもが彼らにとって無意味であった。

 残りわずかであったはずの人類は、王や兵士、平民と身分に関係なく断末魔の叫びをあげて息絶えていく。


 むせかえるような血の匂いが漂ったのは、一瞬であった。

 直後魔術で起こされた風が上空へ凄まじい勢いで舞い上がり、血の匂いは掻き消える。


「ふふ、世界をくれてありがとうございました♪」


 にこりと微笑むローザのその言葉は、生憎人類側がとっくに死んでいるので聞いていたのは魔族たちだけであった。



 ――事の発端がいつからであったかはわからない。

 ただ、ローザの元々住んでいた世界は徐々に崩壊の一途をたどっていた。それは昔から行われていた土地開発であったりだとか、自然災害によるものであったりだとか。ともあれ、人の力でどうにかできるような範疇を超えてしまった事象が発生し、世界は緩やかに崩壊への道を進んでいったのである。


 そんな中、一体どうした事かはわからないが行方不明者が増えた事があった。

 将来に希望が持てないからと自殺する者たちはいたけれど、それだって死体がいずれは発見される。だが、一部はどこをどれだけ探しても見つかる事がないままだった。


 原因がわからない現象に不安がなかったわけではない。けれども、解決できる方法どころかどうしてそうなっているのか、という部分からしてわからなかったのだ。どうしようもない。専門家が調べたところで、原因はわからなかった。


 そんな中ローザの恋人であった男が失踪した。彼女が異世界に召喚されるより二年前の事だ。

 結婚を間近に控えていた。破局なんてするような事もなかった。彼がいなくなる理由なんてあるはずがなかった。必死に行方を捜したが手掛かりも何も得られないまま二年が経過し――


 そしてローザは異世界に勇者として召喚されたのである。


 召喚された直後のローザはもしかして、と荒唐無稽な事を想像した。


 彼も、こうやって召喚されたのではないかしら。

 魔族の特徴を聞けば、自分たちの本来の姿と同じようであるし、もしかしたら他にも同じように向こうの世界からこっちに連れてこられた人たちはいるのかもしれない。


 とはいえ、その思い付きが本当かどうかを調べるには時間が必要であったし、何よりこの世界の魔族と接触を図る必要がある。

 勇者の供として、と人類側の兵士がついてくる事になりかけたが、ローザはだからこそ断った。

 そんなのがいたら、下手に接触してもマトモに会話ができるかどうか……


 ローザは普段羽も角も尻尾も見えないように隠していた。というか、向こうの世界の住人は大抵そういう風にしている。出していても問題はないのだけれど、ふとした瞬間羽を建物にぶつけたりするだとか、服を着る時に角が服を傷つけてしまったりだとか、尻尾の穴が開いていない服をうっかり買ってしまっただとか、まぁそういう生活にちょっとした不便を生じる感じだったのだ。羽や尻尾用の穴が加工された服はされていない服と比べるとお値段も高いし。


 なのでまぁ、召喚された時にこちらの人間たちと同じような姿と見なされていたけれど。

 実際は魔族側こそが真の姿であった。


 魔族たちに接触して、真の姿を見せればあれよあれよといううちに魔族たちの拠点へと連れていかれた。

 そしてそこで行方をくらましていた恋人と再会。ローザは感極まって泣いた。


 もっと前にこの世界に召喚されて、勇者として魔族たちと戦う事を余儀なくされていた同胞もいたけれど、彼らは同族殺しがしたいわけではない。事情を説明しどうにか一時的に撤退をしてもらって、そうして人類側と余計な争いが起こらないようにしていただけだった。


 だがしかし、かつては他の国も勇者召喚としてローザたちが暮らす世界から人を呼び寄せていたようで、思った以上に魔族の数は多くなりつつあった。そして、本来ならば元の世界に帰す方法もあったはずなのに、それらは既に消失した秘伝との事。


 故に魔族たちは考えた。

 魔族たちが根絶やしになったというならまだしも、そうでなけれは人類側は定期的に勇者を呼び込むのではないか。あの緩やかに滅びを迎えつつあった世界から、同胞たちをこちらの世界に呼び込む事は可能なのではないか、と。


 元々この世界の生まれであった魔族と、向こうの世界から召喚された人たちとで手を組んで、人類側をじわじわと追い詰めていった結果、こちらの思惑通り面白いくらい勇者召喚を繰り返す人類側。


 人類側は色々と準備をしなければならないので二年に一度しか召喚の儀式を行えていないが、魔族たちからすれば魔力だとかに関する部分は簡単にクリアできる。

 そろそろ人類にはこの世界から退場していただいて、後は向こうの世界の住人たちをこちらに呼び寄せてしまえばいいのではないか。


 そういった計画が、ローザが恋人と再会した時にはとっくに持ち上がっていた。


 だからこそ油断を誘うように人類側の目に触れないように姿を消して、あとは彼らが油断するのを待つだけだった。

 世界が平和になったと勘違いして浮かれてパーティーでもしてくれていれば、そこを抑えてしまえば決着は一瞬で終わる。

 正直計画には若干の穴もあったと思っていたが、怖いくらいに上手くいってしまった。

 人類側の怠慢による結果である。


 ローザからすればこの世界の人間は最愛の恋人を一方的に攫っていった悪しきものである。

 再会できたのもまたこの世界の者たちによるものだけれど、感謝などするはずがない。


 だがまぁ、生きていたならイラっとする事はあれど、しかしもう人類は滅亡した。死んだ存在をいつまでも嫌い続けるというのも中々に不毛だと思うので、ローザの中ではこの世界の人間などもうとっくに過去の遺物である。

 それどころか、今なら感謝もできる程度にはこの世界の人間だったものたちを愛おしいと思える。


 だって、向こうの滅びを迎えつつある世界と違いまだこちらの世界は資源も豊富で危険な生物もそこまでいない。向こうの世界とこちらを一方的ではあるが繋ぐ術が存在して、同胞たちを呼び寄せる事ができる。つまりは、ローザの家族たちもこちらの世界に呼ぶ事が可能なわけだ。


 勿論、この世界の人間たちにそんなつもりがあったはずはないのだろう。だが、奴らはこちらを救世主と呼び世界を救ってもらおうとしていたようだが、実際は彼らこそがローザたちにとっての救世主たり得たのだ。

 自らが滅んだあと、こんなにも素敵な世界をくれたのだから。


 文明レベルが若干劣る部分もあるが、そんなものは向こうの世界から技術者たちがやってくればいずれはどうとでもなる。新たな世界にやってきて、領土問題だとかが出るだろうなとは思うけれど、しかしそれでも。

 一度は滅びを目前にした世界で生きていた同胞たちだ。争いをわざわざ起こして折角の新たな新天地を滅ぼそうなどという愚かな行為は仕出かさないだろう。



 ローザは再会できた恋人と抱き合いながら、

「神様って本当にいるのね」

 なんて。


 滅びた人類がいたならば間違いなく神など存在しないと言っていただろう言葉を、平然とのたまったのである。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] この世界に勇者拉致…誘拐…召喚術をばら撒いた人物が気になりますね。 善意だったのか、試練だったのか、愉悦だったのか、どれでもこうして面白い結果になりましたが。
[一言] 日本で初めて納豆を食べた人は間違いなく勇者です。 これは昔から言われてきたことなので事実です☆彡
[良い点] 着眼点が素晴らしい、と思いました。 私、不思議に思ってたんですよ。異世界召喚されるのはまぁいいとして(?)元の世界ではどうなってるのかな?って。亡くなったりしてるような状況ならまだしも、あ…
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