リモコン
ピッ
聞き慣れた電子音と共に、カーテンがスライドしていく。
やがて室内が日光に満たされると、私はおもむろに瞼を持ち上げた。
「あぁ、瞼も自動で開いてくれればいいのに」
手元のリモコンを操作しながら、一人でとりとめもないことを呟く。
声に出す、という行為はアイデアを整理する上で有益な行動だ。
歳をとると独り言が増える、という昔聞いた父の呟きを必死に振り払いながら、
手早く朝の支度を済ませると、運ばれてきたコーヒーを片手に、テレビに目を向けた。
『続いてのニュースです。X社が開発した家庭用マクロである、RB-223に不具合が見つかり……』
ありがちなリコール騒動に目を通すと、
自身の寝起きの呟きが、どれほど馬鹿馬鹿しいものだったのかを改めて実感する。
いくら医療現場で体内に埋め込むIotデバイスが実用化され始めているからといって、便利だからという理由だけで、人体まで外部デバイスから制御を受け付けるようにする行為は、個人としても企業としてもリスクが高すぎる。
出社予定時間が迫り、革靴を履いて無機質な白い壁の前に立つと、リモコンに表示されているタッチパネルを凝視する。
「玄関を開けるボタンどこだったかな」
早々に思い出す事を諦め、操作可能な近くのデバイスを検索する。
ドアマークのボタンをタッチすると、白い壁が左右に開いていき、門口が本来の姿を現した。
会社に辿りつくと、開発企画部の中で若い社員が集まり、何やら熱心にノートパソコンを見つめている。1人が私に気が付くと、興奮した様子で声をかけてきた。
「あ、おはようございます! 課長課長、これ見てください! いかしてませんか!?」
パソコンの画面を覗き込むと、そこには銀色のコップのようなものが貼り付けてある木板が表示されていた。
「これは一体?」
私が訝し気に尋ねると、パソコンの持ち主の社員がこちらに紅潮した顔を向け、捲し立てるように説明を始めた。
「近年複雑化するリモコン問題を解決する画期的なアイデアです! ボタン操作不要で、なんと手動で扉を開けられるようになるんですよ!」
「ドアノブという商品名らしいです!」