化粧
日光を照り返すアスファルトを憎々しげに踏みつけると、つぅっと一筋の汗が首筋を這い降りる。
「奈津子、まだ手動で化粧してるんだね」
友人が呆れたように顔に手を伸ばしてくる。
「やめてよ。ファンデ崩れるでしょ」
私はこの顔に誇りを持っている。バーチャル化粧なんかに手を出したら、きっと肌の手入れがおろそかになって素顔がボロボロになってしまう。
自分に言い訳するように、そんな取って付けたような理由を思い浮かべる。
周囲の人形のように整った顔に少し羨望の目を向けると、友人が気が付いて苦笑する。
「ごめんごめん。奈津子の顔はそんじゃそこらのアセットにも負けてないし、良いと思うよ。でも朝の準備とか維持とか、大変じゃない?」
大変に決まってる。毎朝毎朝、朝起きして化粧をしても、夏は汗で、冬は乾燥でじわじわと崩れる。
その度にお手洗いで直して、帰宅してくたびれきった体に鞭を打って化粧を落とす。
正直、ボタン1つで簡単に顔を変えられるバーチャル化粧が羨ましい。何度も誘惑に負けそうになったけど、ある1点が気持ち悪くて、どうしても踏ん切りがつかない。
私は無言で通りすがりのOLを見る。
友人が釣られて視線を向けると、OLもふと友人の顔を見やる。
瞬刻、全く同じ顔の2人が見つめ合い、そして互いに気まずそうに目を逸らす。
顔を掻きながら友人が口を開いた。
「まあ、時々顔が被っちゃうのは、確かにちょっと嫌かも」
人の噂も七十五日とは言うが、この情報化社会の時代、世間が七十五日も同じ話題を続けるなんて、私は思えない。
バーチャル化粧の流行顔を眺めながら、ふぅっと白い息を吐き出した。
待ち合わせている友人が、近くで周囲を見回していたいたため声をかける。
「やっほ」
「え、奈津子? バーチャル化粧始めたんだ」
おずおずと頬に触れてくる友人をしり目に、
人形のような美しい顔が悲し気な表情を受かべていた。
「うん。私と似たような顔、流行ったみたいだから。」