引っ越しの前日 果たすべき務め
「〜♪」
朝の空気は美味い。ヴァトラス山の中でも標高があり人が立ち寄らない未開の地にあるハーピー達の集落の空気は清々しいものだ。そうして俺は山を一望出来る場所へ移動し朝風を受けて伸びをしていると不意に赴きの違う風が吹く
(ーー)
「来たか」
風声からの声だ。内容は
(アノヒトタチキタヨ)
一週間前にエールを捕えようした盗賊達だ。やっぱり諦めて無かったんだなと思いながら風声が教えてくれる情報を頭に入れ見回しているとかなり遠くの下方に連中を見つけた。地の利はこっちにあるのと俺の目の良さのお陰で奴さん達は気付いていない
「馬車が1、盗賊10、騎士が3、いやもう1人来たな、ん?」
俺が気が付いたのは今馬に乗って合流した騎士。そのいかにも地味な雰囲気を醸し出している騎士に俺は見覚えがあった。
「全部14でか、飛び道具は確認出来ないがハーピーを捕まえる前提ならあると思っていい、足の遅い子供達には脅威となる」
引っ越しは明日、エール達がここを発ちルーメンへ向う。勿論中には子供もおりハーピーの子供達は翼が成熟しきれていない為大人程速くも長時間も飛べない。それに集団で飛べば目立ち鳥目に近いハーピー達の視界では夜に飛行する事が出来ない。
つまりハーピー達の引っ越しは日中。しかも集団でだ。俺は今一度世話になったエールの所へ戻り
「ここでお別れだ。エール元気でな」
俺は今まだ寝ているエールに別れを告げて断崖絶壁の山を魔法を利用し下る。
俺は覚悟を決め頭の中で行動を立て迅速に移動を始める。自分が風上を陣取れるように位置を調整しこの時を想定して集めた葉を乾燥させ粉にしたものを奴らに悟られないように風の魔法に乗せてばら撒く。幸い今日は山の風は強く適度に砂埃が立っている。こいつを撒くにはもってこいだ。
粗方ばら撒き接近すると奴らの近くまで近づく事が出来た。俺は
「風声、すまない奴らの声を聞くことが出来るか?」
(マカセテ!)
風声のお陰で盗賊達と騎士の会話を聞く事が出来た。丁度後から来た騎士が部下であろう人相の悪い騎士を引き連れ盗賊達と接触している所だ。
「首尾はどうだ?」
「こいつは大旦那!準備は出来てまさぁ!」
「無駄口を叩くな」
「頭すいません!」
「ドゥーエ、情報は確かなんだろうな?」
「当たり前だ。だがあの羽女共の動きが妙だ。恐らく集団で移動をするんだろう間違いない。それよか旦那は?」
「こちらは問題無い。侯爵もあの女狐も例の件でこちらには気付いてないさ。こちらのほうで連邦共和国の書状は適当に返答し私が対応することになっている」
「旦那も悪い方で」
「それよりハーピー共は逃がすな、奴らはいい稼ぎだからな」
「旦那に言われるまでもないさ。それに旦那も分かってますよね?」
「こちらはお前達が裏切らん限り何もしない。それに今更真面目に騎士なぞ出来るか」
その後も話していたが大体分かった。どうやら後から来たあの地味騎士がティフォーネ様達アルバトロス連邦共和国の書状を揉み消して差し当たりのない返答をしたようだ。風声のお陰で音も撮れた。魔法って便利だな。
最初奴らの会話を集めるだけ集めて脅せばいいやと考えてた。だが余りにも身勝手な言い分に腹が立った。
…予定変更。やっぱコイツラ生かしちゃおけんわ。奴らのような人間はクズだ。生きてちゃいけない他人を不幸にする奴らだ。
「成る程ね、そういった理由か」
わざと声に出して気付かせる。奴さん達は「誰だっ!?」と声を上げる辺りを警戒している。俺は
「風声、こう出来るか?」
(モチロン!)
「あんがと、じゃあ頼む!」
妙にワクワクしちまうぜ。まるでラグビーの試合前みたいだ!
風声に頼み奴さん達に対して強い風を吹かしてもらい、俺は某宇宙海賊のBGMを口ずさみながら俺は奴さん達の前へ姿を表す。
「話しは聞かせて貰ったけどいい大人がみっともない。なんかセコいし」
「何者だ!」
「子供だと…!」
そう言い俺を睨みつけるセコい奴さん達。俺は例の地味騎士を見つけ顔を見ると思い出した。
「あっ、お前さん確かゴルバっていったよな?」
俺が名前を言い当てると当てられたゴルバって地味騎士は鳩が豆鉄砲食らったような面してた。お〜お〜取り巻きの騎士3人も戸惑ってる、面割れてるとそりゃ焦るか。こうなればドゥーエっていった盗賊も状況を知りたくて事の成り行きを見るしかないようでいい時間稼ぎだ。
「な、何故俺の名前を…」
何故か、ならこう答えるしかないな!
「貴様、俺の顔を忘れたか?」
ゴルバは俺の顔をジッと見るとハッとしどうやら思い出したようで顔色を急変させ焦りの表情を浮かべる。流石に直ぐには分かんなかったみたいだな、今金髪だし
「ま、まさか…!」
「ゴルバ殿?」
「あのガキは何もんなんですか!」
「ニ、ニール・レーマン…!」
俺の本名を口にした途端奴さん達に衝撃が走った。
「おいゴルバ!ニール・レーマンってのは…!まさか!」
「レーマン侯爵の隠し子だ…!何故こんな所に!」
やっぱり盗賊も反応する。あのドゥーエってのは耳の速い盗賊みたいだな、それで盗賊の1人が
「まさか、あの時の罠が切られていたのは…!」
おっ、目ざといのがいるな
「気が付いたかい?そう俺さ」
そうふざけながら答え奴らと相対する。まだ浮き足立ってるのもいるがゴルバやドゥーエといったリーダー格は落ち着きを取り戻し俺の出方を伺っているようだ。俺は表情を一転させて奴らに問う
「お前らさ、自分達が何やろうとしてるのか分かってるのか?ここに住むハーピー達はアルバトロス連邦共和国の者だ。手を出そうものなら最悪戦争だぞ?小汚え目先の金欲しさに頭沸いてんのか?」
事実を事実としてつらつらと述べそして煽る。俺の経験上こういう奴らは少し煽れば直ぐイラつき始める。現に騎士達は今にも飛び掛からんとした空気になっていたが盗賊達はいきなり人が変わったような俺に戸惑っていた。しかしその時ゴルバが
「ガキに何が分かる…!」
「は?」
何か呻くように言葉を発した。その表情は怨嗟を張り付かせたような醜い恨みが籠ったもの
「貴様のようなガキに何が分かる…!貴族である俺が騎士団を率いるに相応しい人間だ…!それが何故あんな平民の女狐に顎で使われなければならん!」
明らかな醜い嫉妬だなぁと思っているとゴルバは続けた。
「顎で使っていいのは俺のような選ばれし貴族だ!貴族に取って平民も亜人も奴隷に過ぎん!それを使って何が「みっともねぇ」」
「おい、今なんと…!」
「みっともねぇって言ったんだよ。セコい上に自分の無能を棚に上げて女性に嫉妬なんて情けねぇな。金○付いてんのかよテメェ」
「こ、このガキ…!」
「そんな玉無しだからこんな馬の骨みたいな盗賊に加担してセコい手しか使えねぇんだよ。テメェが貴族だろうがフレイの姉ちゃんが平民だろうが人間として底辺のお前が勝てるわけないだろ。みっともない野郎だな」
当たり前のように言ってやるがこれも俺の経験談だ。前世で中卒土方を馬鹿にした大卒社会人に俺は綺麗な年収マウントで黙らせたことがある。
人間は真面目に足掻けばしっかり結果を残せるもんだ。例えそれが低学歴だろうが平民出身だろうが関係無い。それが分からないゴルバって騎士はただただみっともない。
「許さんぞガキが…!お前達。ニール・レーマンを殺せ。真実を知られた以上このガキはこの場で殺す。ドゥーエ協力しろ」
「「はっ!」」
「俺様に命令すんなよ無能貴族。だが悪く思うな少年。俺達をナメた罰だ」
ドゥーエが手を挙げると後ろに控えていた怒りの表情を張り付かせた盗賊達が前に出て来ると俺は腰の剣に手を伸ばす。
1対14。明らかに俺の多勢に無勢、奴さん達は紛いなりにも対人戦のプロ、子供1人余裕だろうな。だが
「まっ、もう勝負は着いてるんだけどな」
戯けたように俺は腰に携えてる剣から手を離して肩を竦める。奴らはそんな俺の態度を見て呆気に取られた次の瞬間バタンと大きな音を立てて何かが倒れた。
「どうした!」
「頭!それがいきなり馬が倒れまして…!」
見てみると馬車を引いていた馬が倒れ痙攣したかのようにビクビクと動いていた。すると
「ぐっ、がぁ…」
「……!」
「ぎ、ぎ」
ゴルバもドゥーエも奴ら全員が突如苦しみだしその場に倒れて瀕死のカエルみたいにジタバタと痙攣している。
「お〜、効いた効いた」
「がっ、がっ…」
何とか動こうとしている盗賊団の頭ドゥーエ、しかし身体の自由が効かないのか思うように動けずずっと藻掻いて動こうとしている。それを眺めていると不意にゴルバと目があった。
瞳孔が開いてる。あの場にいなかったからどうかと思ったがしっかり効いたようだ。
「一体何をした?って言いたい目だな。教えてやるよ。俺はここに来る前から風上からずっとパラライ草の粉末をお前らに向かって撒いてたんだ」
その言葉を聞いたゴルバ達に戦慄が走っただろうな。
パラライ草。この草は葉に強力な麻痺毒をもっておりうっかり口にすると身体中が麻痺し最後には心臓麻痺を起こして死に至らしめる危ない毒草だが本来ダンジョンにしか自生していない。
本当ラッキーだったぜ、昨日エールと飛行していた時に教えて貰ったゴブリンの巣の近くに自生してたのを見つけて。採取した後はエールやハーピーの皆さんに協力してもらって直ぐ乾燥させて粉にしたんだ。何で知ってるかって?勿論冒険者になる上で勉強したからだ。
俺は魔法で自分の身体能力を強化して動けなくなったゴルバとドゥーエ以外の盗賊達を奴らの馬車の荷台に騎士と盗賊を乱雑に積む。残ったゴルバとドゥーエに
「さてと、仕上げだ」
麻痺して動けないドゥーエを起き上がらせて魔法で固定すると俺はゴルバの剣を左手で抜きドゥーエを横に腹を斬り裂いた。
「グ、ギャ…!ギ……!」
夥しい血が吹き出て苦しむドゥーエを放置し一部始終見ていたゴルバを同じ立たせて固定するとドゥーエから持っていたナイフをまた左手で抜きそれをゴルバの着ている鎧の継ぎ目にあたる横腹目掛けてナイフの根本まで一気に突き刺した。
この世界で冒険者として生きてく事を決めた時に人を殺す覚悟くらいはしてるさ、郷に入れば郷に従えってやつだ。
「ガッ…!」
グリグリと捻って内臓にもダメージを与え抜きその血塗れのナイフをドゥーエの左手に持たせて魔法で固定し先程のゴルバの剣を同じようにゴルバに持たせた。ここまでやればもうコイツラも俺がやりたい事を察するだろう。
「玉無し、お前にこれから名誉の殉職をさせてやるよ」
ゴルバはアルバトロス連邦共和国からの書状を受けて部下を連れて現地を調査。そしてハーピーに危害を加えようとした盗賊を見つけ戦闘。無事鎮圧に成功したが盗賊の頭と斬り合いになり互いに致命傷を負い激流となった川へ共に落ちてしまった。残りの盗賊達は生き残った騎士が連行するも誤ってゴブリンの縄張りに入ってしまい全滅。正に死人に口無しだ。
ひと手間加える事になったのはパラライ草は水溶性で麻痺にした状態で川に落としても麻痺毒が抜けて最悪生きてしまう可能性があったからだ。この世界に検死はあるか知らないがあった場合この2人に麻痺毒が検出されたら第三者が関わっている事がバレてしまう。
そうなると怪しくなるのはアルバトロス連邦共和国から書状を送っているハーピー達。それは本末転倒だ。だから氾濫気味の川を見て俺は互いに致命傷を負わせて川に突き落とす事を思い付いた。ただし落とすのはコイツラだけ、水死体が多いと不審がられるし逆に行方不明のままだとそれはそれで怪しまれる。これなら検死しても致命傷になったのはお互いに戦った時に出来た刃傷による出血多量か溺れた事による呼吸困難のいずれか、麻痺毒も川のお陰で抜けるし握らせた凶器も俺から離れれば魔法の効力も失うし万々歳だ。それに斬り合って川に落ちるなら騎士としても箔がつくだろと俺の見解。
俺はこれをドゥーエが刺したような体勢にさせ
「あばよ、来世は真面目に頑張んな」
先日の雨に勢いがついた川に突き落とそうとした。だがここで思いがけない事が起きてしまった。
「しまっ…!」
身体強化の魔法が切れた。パラライ草の粉末をばら撒くのに風の魔法使い過ぎたようで力が抜けちまった。だが後は川へ押すだけ、俺は渾身の力で奴らを突き落とそうと押した。その時
「!?」
「お゛、ま゛え゛も゛、み゛ぢづ…」
ドゥーエの奴が最後の力を振り絞り俺の服の裾を掴んでやがった。奴らは俺が押した勢いに逆らわず
「あ…」
奴ら諸共川へ真っ逆さま。まんまと策士策に溺れるをやっちまった。
(そういや前世も、こうやって死んだんだっけ)
既視感ってやつだな。そういや前世もこうやって落ちて死んだんだったな。周りがスローモーションのように見えて激流に向かって盗賊のドゥーエも騎士のゴルバも俺も落ちていく、
真っ逆さまに落ちて濁流に呑まれる時、風声が聞こえ空を見た俺の目には
(テヲ、ノバシテ!)
「ウィンーー!!!」